2025年1月14日(火)

少し暖かいようだが、晴れている。

有鹿神社

  初参りは土地の女神の古社『延喜式』に載る相模のやしろ

  里宮に中つ宮、そして奥宮の三社を備へし古き社ぞ

  大木のけやき数本が境内にそそり立ちたる古きやしろ

『論語』憲問三六 或るひとの曰く、「徳を以て怨みに報いば、如何。」孔子曰く、「何を以てか徳に報いん。直きを以て怨みに報い、徳を以て徳に報ゆ。」

  まっすぐな正しさで怨に報い恩徳をもって恩徳に返す

『古事記歌謡』二六 ヤマトタケルノ命
新治 筑波を過ぎて   新治・筑波の国を過ぎ
幾夜か寝つる      幾夜重ねし旅枕
二七 庭火を焚いていた老人が、歌を続け、
かがなべて       旅寝重ねてこの地まで
夜には九夜       夜に九夜
日には十日を      日には十日を

  甲斐の国酒折の宮に至りつく筑波を越えて十日を経たる

2025年1月13日(月)

晴れて、寒いのだ。

  やうやくにあけぼの杉の簡浄に冬の木となる枝の葉落とし

  冬の木は枝のみ残すあけぼの杉朝の日透し明るみてくる

  あいかはらず石榴のひと木は不自然なくねるやうな幹日にさらしをり

『論語』憲問三五 孔子曰く、「驥は其の力を称せず、其の徳を称す。」
名馬はその力でなく、その性質のよさを褒められるものだ。

  馬をすら孔子はまなこ光らせる力ではなく徳をほめたり

『古事記歌謡』二五 オトタチバナヒメノ命
さねさし 相模の小野に      相模の小野の火の中に
燃ゆる火の 火中に立ちて     命危うい時にさえ わたしのことを忘れずに
問ひし君はも           たずね給うたわが皇子(みこ)

  走水の海に入りしやオトタチバナヒメその心芳し皇子にとりて

2025年1月12日(日)

朝から曇り空。寒い。10度いかないらしい。

  冷たき冬のひかりに照らされてまだきぶざまなりあけぼの杉は

  沙羅の木は枝に鋭き芽をつけて伯爵夫人のごとき気高さ

  海棠も冬の枝枯れみすぼらしき春を待つこと愛らしきかも

『論語』憲問三四 微生(びせい)(ほ)(隠者のようである)、孔子に謂ひて曰く、「丘、何為れぞ是れ栖栖(せいせい)たる(いそがしそう)者ぞ。乃ち(ねい)を為すこと無からんや(口上手をつとめていることにはならないだろうか)。孔子対へて曰く、「敢て佞を為すに非ざるなり。固を(にく )むなり(かたくななのがいやだからです)。」

  かたくなをにくみて佞をなすことなしただいしがしく丘はふるまふ

『古事記歌謡』蓮田善明訳 二四 ヤマトタケルノ命
やつめさす 出雲建が     出雲名うての男はタケル
佩ける太刀          佩いた刀や柄や鞘
黒葛多巻き 真身無しに    葛はあまた卷くとても 中身一つの無いゆえに
あはれ            討たれたるこそあわれなり

  名にし負ふ出雲建を滅ぼして復命するにひがしを鎮めよ

2025年1月11日(土)

今日も晴れて寒い。

梶山季之『犯罪日誌』読了。梶山の復讐の物語を集めた犯罪短編が九編、日下三蔵の編集で一冊になっている。トリックはそんなに難しくないが、ペンが走っている。私には、最後の二編「失脚のカルテ」「湖底の賭」が、おもしろく読めた。

  北前船の寄する港に行きたしとおもふときあり曇天の朝

  久々の雨の暗さに寂しげにうなだれかかるをみなありけり

  うるほひは土地にありしか地の野菜乾けるがすこし息づく

『論語』憲問三三 孔子曰く「(いつわ)りを(むか)へず。信ぜられざるを(おもんぱか)らず、(そも)(そも)亦た先ず(さと)る者は、是れ賢か。」

  そもそもまた先ず覚る者賢きと孔子はたたふその在り方を

『古事記歌謡』蓮田善明訳 二三
山城の幣羅坂にかかると、腰裳を着けた少女が立っていて歌う。
(こ)はや 御真木(みまき)入日子(いりひこ)はやえむと   御真木入日子天皇は
御真木入日子はや          御真木入日子天皇は
(おの)(お)を 盗み(し)せむと       自分の命を盗もうと
(しり)つ戸よ い行き違ひ        裏の門からこっそりと
(まへ)つ戸よ い行き違ひ        表の門からこっそりと
(うかが)はく 知らにと          ねらっているのも知らないで
御真木入日子はや          あぶない時とも知らないで

童謡の一つだろう。庶兄タケハニヤスノ王がよからぬ心を起こしたしるしにちがいないとオホビコノ命に討たせた。

  こつそりと天皇を討つ計画ありなればオホビコノ命に逆に討たせつ

2025年1月10日(金)

今日も晴れである。

原武史『象徴天皇の実像 「昭和天皇拝謁録」を読む』読了。戦後の初代宮内庁長官を務めた田島道治(1885~1968)の「拝謁記」、「日記」、田島宛の書簡など「関連資料」を合わせた総称をいう。それを歴史学者の原武史が懇切に読み解いた本で、戦後の昭和天皇の実像が記されている。いろいろ興味深い話題があるのだが、母親である貞明皇后との不仲、共産党の行方についてなどについて、昭和天皇のおとぼけや見当違いなど露わに語られ、おもしろかった。

  ほどもなく降りだしさうな曇天にわづかにひかり射すわが在るあたり

  曇天を歩きだしたるその後を冬の雨ふるわれら追ひこし

  傘をさせばポロリポロロン鳴り出して蝙蝠傘もたのしきろかも

『論語』憲問三二 孔子曰く「人の己れを知らざることを患へず、己れの能なきを患ふ。

  人がおのれを知らざることを嘆かずにわれに能なきことをかなしめ

『古事記歌謡』蓮田善明訳 二二 イスケヨリヒメ
畝火山 昼は雲と居       畝火の山も昼うちは のどかな雲が浮いている
夕されば 風吹かむとぞ     夕べとなれば風吹くと
木の葉さやげる         ざわざわ木の葉が鳴りいだす

  畝傍山の昼は雲なり夕されば風ぞ吹きだせ木の葉もさやぐ

2025年1月9日(木)

寒いが、晴れ。

  朝明けのひむがしの空にわだかまる雲桃色にしばし輝く

  いつのまにか桃色うせてだいだい色に雲棚引けり東南の空

  いまは晴れて雲少なきにゆつくりと雲が覆ふ雨ふるらむか

『論語』憲問三一 子貢、人を(たくら)ぶ(比較し批評する)。孔子曰く「賜(子貢)や、賢なるかな。夫れ我れは則ち暇あらず。」
皮肉のようなものかな。人を批評するなどおこがましい。

  子貢人を(たくら)ぶことあり孔子言ふ子貢よ賢かわれには暇なし

『古事記歌謡』蓮田善明訳 二一 イスケヨリヒメ
狭井川よ 雲立ちわたり     狭井川べから雲わいて
畝火山 木の葉さやぎぬ     畝火の山は木がさわぐ
風吹かむとす          風の寄せ来るそのしるし

  狭井川には雲が立つ畝火山では木が騒ぐなにかがおこるしるしなりけむ

2025年1月8日(水)

いい天気だ。寒い。

  菓子箱に入りたる小さなシリカゲル腐らせないぜ自信もつゆゑ

  シリカゲル手に握りしめおのが尻日影に置きてこれぞ尻翳る

  あけぼの杉の冬木になる前のなんとなく無様な態の木影に隠る

『論語』憲問三〇 孔子曰く「君子の道なるもの三つ。我れ能くすること無し。仁者は憂へず、知者は惑はず、勇者は懼れず。」子貢曰く「夫子自ら道ふなり。」

  仁者憂えず、知者惑わず、勇者懼れずこれ孔子の事なり

『古事記歌謡』蓮田善明訳 二〇 カムヤマトイハレビコノ命
葦原の 湿(しけ)こき小家(をや)に     狭井川べりの葦原の
菅畳 弥清(いやさや)敷きて       湿けた小家に菅畳 いと清らかに敷きのべて
わが二人寝し         われら交せし新枕

入内したイスケヨリヒメに天皇が歌った。

  葦原の小さな小屋に菅畳清く敷きてぞわが二人寝し