2025年1月21日(火)

朝方雨が降ったようだが、晴れてくる。

  枝落とす公園のさくら祭りの日を遠からじと待つ蕾太らせ

宿

  湯にあたり枯死せる花と盛りの花長き柄のうへつはぶきの花

  一方で黄の花咲かせ一方で長き葉ごとに枯れたる石蕗

『論語』憲問四三 孔子曰く、「(かみ)、礼を好めば、則ち民使ひ易し。」

  孔子先生が言うことには上礼を好めば則ち民も使ひ易きもの

『古事記歌謡』蓮田善明訳 三四 ヤマトタケルノ命
嬢子(をとめ)の 床の辺に       ミヤズヒメの床のべに
わが置きし 剣の太刀     置いてきた太刀よ
その太刀はや         あゝ その太刀よ

歌い終えて、そのままおかくれになった。

  わが愛するミヤズヒメのもとに置きし太刀あゝその太刀こそがわがたましひなり

2025年1月20日(月)

晴れているが寒い。

奥泉光と原武史の『天皇問答』を読む。われわれの対応こそが問われている。ということをよく考えることで、天皇制のこれからが決まる。私のほぼ同世代である小説家と政治学者に学ぶべきことは多い。にしても天皇制廃止には遠い階梯が潜んでいる。そう簡単でないことだ。

  糸川の両岸に蕾む寒ざくら二、三がひらくうれしきものよ

  古木のさくら枝(しじ)にしてそれぞれに蕾はぐくむをわれが仰げり

  熱海ざくらの祭りをひかへ糸川の急湍右に左に流る

『論語』憲問四二 子張曰く、「書に云ふ、高宗、諒陰三年言はずとは、何の謂ひぞや。」孔子曰く、「何ぞ必ずしも高宗のみならん。古への人皆然り。君薧ずれば、百官、己を総べて以て冢宰に聴くこと三年なり。」

  殷の高宗の喪に服しては三年もの言はず君なくば百官すべて喪に服すべし

『古事記歌謡』蓮田善明訳 三三 ヤマトタケルノ命
(は)しけやし         なつかしい!
我家(わぎへ)の方よ        ふるさとの空から
雲居(くもゐ)立ち(く)も       雲がわいてくるぞ

これは「片歌」というのである。この時、危篤に陥り、

  なつかしきふるさとの方より雲わける嗚呼わたくしのいのち短し

2025年1月19日(日)

一昨日、昨日で熱海に一泊。妻と二人、楽しかった。

ここのところずっと雨が降っていない。今日も晴れている。

  ぽつりぽつり町に火の出る燃えさかる八百八町江戸は火の海

  江戸時代付け火恐るる火が出れば軒をつたひて町燃えさかる

  木造の家屋ばかりの江戸の町冬は火の怖れの殊更なりき

『論語』憲問四一 孔子、(けい)(「へ」の字型に曲がった石の打楽器)を(えい)に撃つ。(あじか)(もっこ)を荷なひて孔氏の門を過ぐる者あり。曰く、「心あるかな、磐を撃つこと。」既にして曰く、「(いやし)きかな、硜硜乎(こうこうこ)たりや。己れを知ること(な)くんば、(こ)(や)まんのみ。深ければ(れい)し、浅ければ(けい)す。」孔子曰く、「果なるかな。難きこと(な)きなり。」

  磐を打つにむつかしきことを考へずただ思いきり楽しめばよし

『古事記歌謡』蓮田善明訳三二 ヤマトタケルノ命
命の 全けむ人は       生きて帰らん供人は
畳菰 平群の山の       平群の山の白檮の葉を
熊白檮が葉を         永久に生きんしるしとて
その子           髪にかざして暮らせかし

この歌は「国偲び歌」というのである。

  畳菰平群の山の熊白檮の葉を髻華に挿せすこやかに生きむ

2025年1月18日(土)

朝方雲が多かったが、やがて晴れ。

  短夜に小鍋に寒の米を入れ野菜すこしに粥を煮てをり

  粥を煮る匂ひかぎつけ猫どもが集まりてくるここは猫町

  丘に立つ搭のてつぺん夜になれば猫の会議のはじまらむとす

『論語』憲問四〇 子路、石門に宿る。晨門(門番)の曰く、「奚れよりぞ。」子路が曰く、孔氏よりす。曰く、是れ其の不可なることを知りて而もこれを為す者か。
石門は魯の町の外門で、郊外に出た子路が晩くなって帰れなくなったのである。

  魯の国の石門を出る子路のこと帰れなくなるを分かりて出でし

『古事記歌謡』三一 ヤマトタケルノ命
倭は 国のまほろば        大和は夢に包まれて
たたなづく 青垣山        重なりつづく山脈の
隠れる              青き垣なすその中に
倭し (うるは)し                                 隠る大和のうるわし

  わが大和は青垣つつみ美はしきしかれどここに血の戦さあり

2025年1月17日(金)

まあまあ晴れている。

  龍の口からにじり出てくる(くちなは)に威勢よき声ことしはかかる

  蛇を出して龍の叫びはよろこびなり不思議不可思議年変るべし

  天に昇り去りゆく龍の航跡を目に追ふのみのくちなはの目

『論語』憲問三九 孔子曰く、「賢者は世を避く。其の次は地を避く。其の次は色を避く。其の次は言を避く。(すぐれた人は、世の乱れたときには世を避ける。その次は土地を避ける。その次は主君の冷たい顔色を見て避ける。その次は主君の悪いことばを聞いて避ける。)孔子曰く、「作す者七人。」

  世の中に七人をりき世を避け土地を避け色を避け悪口を避け言を避けたる

『古事記歌謡』蓮田善明訳 三〇 ヤマトタケルノ命
尾張に (ただ)に向へる         尾張の国に真向いの
尾津の埼なる            尾津の埼なる一つ松
一つ松 (あ)(せ)を            あゝその松が人ならば
一つ松 人にありせば        太刀もやりたい一つ松
太刀佩けましを (きぬ)着せましを    衣も着せたい一つ松
一つ松 吾兄を

  尾張の尾津の埼の一つ松ああこの松が人ならば太刀もやりたい衣も着せたい

2025年1月16日(木)

寒いのだが、ほぼ晴れ。

  ビン・缶を棄てにゆくにはまだ闇くひそみ咲きたる山茶花の白

  暁闇のしづけさにひそむわれの息おのづから白く顔にまつはる

  山茶花の白き花赤き花に誘はれこの道ゆかば黄泉の坂かも

『論語』憲問三八 公伯寮、子路を季孫に(うつた)ふ。子服景伯(魯の大夫)以て(もう)して曰く、夫子(もと)より公伯寮に惑へる志し有り。吾が力猶ほ能く(こ)れを市朝に(さら)さむ。孔子曰く、「道の将に行はれんとするや、命なり。公伯寮、其れ命を如何。」

  道が行なはれんも道が廃れゆくも運命なり公伯寮ごときに左右されず

『古事記歌謡』二九 ミヤズヒメ
高光る 日の御子       大空の日輪に似て
安見しし わが大君      かがやける 皇子(みこ) わが君よ
新玉の 年が(き)(ふ)れば     かの日より年も新たに
新玉の 月は(き)(へ)ゆく     かの日より月も新たに
(うべ)(うべ)な 君待ち(がた)に     往きてまた巡り来たれば
わが着せる (おすひ)の裾に     君待つも待ち難しとて
月立たなむよ         裾につくわが月のもの

こうしてミヤヅヒメを婚して、その佩刀の草薙剣を置いて、伊吹山の神を討伐に出かけた。

  ミヤヅヒメとの婚儀そのものが違ひたるかヤマトタケルの前途やいかに

2025年1月15日(水)

今日もよく晴れている。

ハン・ガンさんの『少年が来る』を今ごろ。

  光州事件を弔ふ霊のごときもの変はるがはるにこの世に嘆く

  光州事件の死者を忘れてはならないとハン・ガンは言ふ押しつけないで

  あれやこれや光州事件の波紋ありその影いつまでも忘れてはならぬ

『論語』憲問三七 孔子曰く、「我れを知ること莫きかな。」子貢曰句、「何為すれぞ其れ子を知ること莫からん。」孔子曰く、「天を怨みず、人を(とが)めず、下学して上達す。我れを知る者は其れ天か。」

  天を怨みず人を尤めず下学して上達する我れを知る者はああ天のみか

『古事記歌謡』二八 ヤマトタケルノ命
久方の 天の香山(かぐやま)      香山の峰をかぼそく
(と)(がま)に さ渡る(くび)      鳴き渡る鵠の足に
弱細(ひはぼそ) 手弱(たわや)(がひな)を       似て君が細き腕に
(ま)かむとは (あれ)はすれども  抱き取りてわれは寝ねんと
さ寝むとは 我は思へど   思ひ来て会えるこの夜に
(な)(け)せる (おすひ)の裾に    君が着る上着の裾に
月立ちにけり        あやにくも月経の着けるよ

  抱かむとし(おすひ)の裾を見るときにあやにくも月経(つき)の赤き血がつく