2024年10月29日(火)

朝曇り、やがて雨になるらしい。

荒川洋治『文学の空気のあるところ』。荒川洋治は、詩人として『水駅』以来のファンだが、近年の本や文庫に関するものもおもしろく、この講演録もおもしろかった。

  読んで語る荒川洋治の講演録たのしき世界へわれらを連れて

  文学の空気のあるところ彼方此方に探せばまだある昭和、平成

『水駅』の箱入本がわが自慢渋谷の街に手に入れにけり

『論語』顔淵二〇 子張問ふ。「士如何なれば斯れこれを達と謂ふべき。」孔子が言ふ。「何ぞや、爾の所謂達とは。」子張対へて言ふ、「邦に在りても必ず聞こへ、家に在りても必ず聞こゆ。」孔子が言ふ。「是れ聞(評判)なり、達に非ざるなり。夫れ達なる者は、質直にして義を好み、言を察して色を観、慮つて以て人に下る。邦に在りても必ず達し、家に在りても必ず達す。夫れ聞なる者は、色に仁を取りて行ひは違ひ、これに居りて疑はず。邦に在りても必ず聞こえ、家に在りても必ず聞こゆ。」

  達なる者は邦にありても家にありても必ずきこゆ

  聞なる者はうはべこそ仁らしくして評判ばかり

『春秋の花』 生田長江
・ひややかにみづをたたへて/かくあればひとはしらじな/ひをふきしやまのあととも
 火口湖が詠ぜられたにちがいなかろう…
    ↓
・春の夜にわが思ふなり若き日のからくれなゐや悲しかりける 前川佐美雄
・あさましく年を重ねて若人のわかさを哂ふ身となりしかな 生田長江
・忽ち風吹き出でて/燭の灯の消えも行きなば/ふり仰ぎはじめて知るや/中天に月のありしを」『月明』1926
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・たちつくしものをおもへば/ものみなのものがたりめき/わがかたにつきかたぶきぬ 『たちつくし』

  たちつくしひとをおもへばかなしくてわかるることのたしかなりけり

2024年10月28日(月)

朝から雨。

  雨降れば遠山並みの雲の中誰か越えけむ果無山脈

  修行者(すぎょうざ)のごときと道にすれ違ふ夢なれど峠越えてゆくとき

「虹計画」ひそかに企みありしこと小田急線が音たてて過ぐ

『論語』顔淵一九 季康子、政を孔子に問ひて曰く、「如し無道を殺して以て有道に就かば、如何。」孔子対へて曰く、「子、政を為すに、焉んぞ殺を用ひん。子、善を欲すれば、民善ならん。君子の徳は風なり、小人の徳は草なり。」

  君子の徳は風にして小人の徳は草なりき草は風に必ずなびく

『春秋の花』 高山樗牛
・嘲風、佳耦をむかへて室に芬蘭のにほひあり。われ、残燈にむかひ、孤影蕭然として今も尚ほ「はいね」を読む。

美文『わがそでの記』の結末。親友、姉崎嘲風の結婚にたいする祝辞。芥川龍之介は樗牛ぎらいであったが、大学卒業後読み直し見なおしたらしい。高見順の『如何なる星の下に』の標題は『わがそでの記』に由来したらしい。

  姉崎嘲風佳耦をむかへ扮蘭たりしかるに今も「はいね」読みをり

2024年10月27日(日)

珍しく晴れた。やがて曇ってくるらしいが。

  点滴棒を立てて看護師したがへて水戸黄門か髭をなでつつ

  病廊を歩く稽古の始まりぬ行って反ってまた行きて来る

  今朝もなかなか微熱が去らぬ病室のベッドに暮す一日なりけり

『論語』顔淵一八 季康子、盗を患へて孔子に問ふ。孔子対へて曰はく、「苟も子の不欲ならば、これを賞すと雖ども窃まざらん。」

  季康子は盗を怖るる苟も不欲なりせば懼るるにたらず

『春秋の花』 鏡王女
・秋山の樹の下隠り逝く水のわれこそ益さめ思ほさむよは 『万葉集』巻二所収。

第五句「思ほさむよは」は「御思ひよりは」「思ほすよりは」の訓があるが、私は掲出の訓に愛着する。「聴覚」の鋭敏・澄明を卓抜秀麗な掲出歌から強く感得する。「胡麻化さない写生がある。」
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・神奈備の磐瀬の杜の呼子鳥いたくな鳴きそ我が恋まさる

  神奈備の杜ふかくして鳴く声の諸鳥を聴き判別しがたき

2024年10月26日(土)

曇りだ。

  秋の日の夕焼空をいろどれる白、灰、桃色、橙もある

  天井には大裁判官が袖ひろげ何かのたまふ偉さうにして

  いつまでものらりくらりと良くならず微熱のありて足はふらつく

『論語』顔淵一七 季康子、政を孔子に問ふ。孔子対へて曰はく、「政とは正なり。子(ひき)ひて正しければ、孰か敢へて正しからざらん。」

  政治とは正なりあなたが率いればたれか敢て正しからざらん

『春秋の花』 菅茶山
・酩酊シテ佳節ニ酬ヘ/醒メ来レバ已ニ曙光/挿頭セシ前日ノ菊/猶枕辺ニ在リテ香シ 『黄葉夕陽村舎詩』(1812)所収「十日の菊」
     ↓
『和漢朗詠集』「菊は重陽のために雨を冒して開く」皇甫冉

『古今集』「秋の菊匂ふかぎりはかざしてむ花よりさきとしらぬわが身を」紀貫之

  わが生も十日の菊とおもふなりなべて遅れてあとを追ふばかり

2024年10月25日(金)

朝、しとしと雨。その後曇天。

  病中食なればか塩分すくなくてコロナの残余か味覚常ならず

  かぼちゃの煮物が発する黄金のひかりありわが視覚甚振る

  粥すくふ箸にとまどふ口中を粒つぶれ匂ふ魚沼界隈

『論語』顔淵一六 孔子が言う。「君子は人の美を成す。人の悪を成さず。小人は是れに反す。」

  孔子のたまふ君子は人の美をなすが小人はその反対ならむ

『春秋の花』 夏目漱石
・二人の頭の上では二百十一日の阿蘇が轟々と百年の不平を限りなき碧空に吐き出して居る。 漱石『二百十日』(1906)の結尾。作中の「圭さん」は阿蘇の噴煙を「文明の革命(無血の革命)になぞらえ、その必要を(正しく)力説する。
・赤き煙黒き烟の二柱真直ぐに立つ秋の大空

  秋の空に真直ぐに立てるあけぼの杉風強ければ葉々散りにけり

2024年10月24日(木)

朝から晴れていい天気だ。ただ少し暑い。

  マスクかけて妖しき風体のわれならむ余儀なくトイレの前に倒れき

  手品師の集団のやうに倒れたるものを囲みて守らむとする

  この日より点滴棒と看護師に付き添はれゆく夜のトイレに

『論語』顔淵一五 孔子が言う。「(ひろ)く文を学びて、これを約するに礼を以てせば、亦以て(そむ)かざるべきか。」

  書物を読み礼の実践にてひきしめれば道にそむかずと孔子のたまふ

『春秋の花』 島木赤彦
・一本の蠟燭の灯に顔よせて語るは寂し生きのこりつる 『太虚集』1923
 「関東震災」二十四首中の一首。
    ↓
・この夜半に生き残りたる数さぐる怪しき風の人間を吹く 与謝野晶子『瑠璃光』

「これらは『天災』に数えられる。広島に投下せられた核兵器は、『人災』であった。そしてそれは、二十四万七千の人命を束の間に奪い去ったのである。」

・空澄みて寒き一と日やみづうみの氷の裂くる音ひびくなり

  人災は人災としてアメリカに抗議すべきをおこたる日本

2024年10月23日(水)

朝は涼しい。昼もまあまあ。

  これの世はかくもいつもの俗つぽさ自民党総裁選など行はれしか

  熱下がらず悶々とベッドの上に棲むこここそがわれの病牀六尺

  正岡子規の歌に心を直くして季節を越えて生きてゐたし

『論語』顔淵一四 子張、政を問ふ。孔子が言う。「これに居りては倦むこと無く、これを行なふには忠を以てす。」

  そこにゐて倦むことはなくただ忠をこころがけたることぞよきなり

『春秋の花』 石川啄木
・われはこの国の女を好まず//読みさしの舶来の本の/手ざはりあらき紙の上に/
 あやまちて零したる葡萄酒の/なかなか浸みてゆかぬかなしみ//われはこの国の女を好まず

『啄木遺稿』(1913)所収『呼子と口笛』中の一篇「書斎の午後」
・ふがひなき/わが日の本の女等を/秋雨の夜にののしりしかな『一握の砂』1910

「おそらく啄木は、「この国(の女)」を真に愛することにおいて決して人後に落ちなかったのであろう。」

・地図の上朝鮮国にくろぐろと墨をぬりつつ秋の風を聴く

  この国の女を好まずと言ひながらこの国の女を愛する啄木