昨晩に使ひし食器を棚に収め卓子を拭きて一日がはじまる
野口富士男『なぎの葉考・しあわせ』読了。「なぎの葉考」が読みたくて買った一冊だが、他の「新芽ひかげ」「石の墓」「老妓供養」「石蹴り」「耳のなかの風の声」「しあわせ」いずれももよかった。
野口富士男の母、そして父を書く小説のあはれ哀しくて老いにはつらき
アマゾンに『荷風俳句集』を頼みたり

昨晩に使ひし食器を棚に収め卓子を拭きて一日がはじまる
野口富士男『なぎの葉考・しあわせ』読了。「なぎの葉考」が読みたくて買った一冊だが、他の「新芽ひかげ」「石の墓」「老妓供養」「石蹴り」「耳のなかの風の声」「しあわせ」いずれももよかった。
野口富士男の母、そして父を書く小説のあはれ哀しくて老いにはつらき
アマゾンに『荷風俳句集』を頼みたり
雲があるものの、晴れ間ものぞく。しかし蒸し暑い。
一階の部屋の方から、シクラメンの花を分けていただく。
くらやみにシクラメン匂ふ一階のフロア時の間空間ゆがむ
『時をかける少女』だな。
野の鳥の求婚のこゑが鳴きかはすあけぼの杉の葉叢ゆらして
夏至なれば東京メトロに潜りたき
東京メトロは地下迷宮を彷徨へば闇の大王に逢ふときあらむ
雨ではない。
3年前になるか、これらの石を拾ったのは。その石の絵を描く。
糸魚川河口に翡翠を探りしに翡翠に似たる石や拾ひ来
翡翠ではなけれど海辺の石なればさすらひの石やさしき魂魄
父の日やなにか違ひのあるものか
梅雨の雨が朝からつづく。妻の夢の今朝の主人公は私であったという。なんとパリを訪れていたそうだ。奥本大三郎『ランボーはなぜ詩を棄てたのか』を読んでいたからだろうか。妻は私の魂がパリの街をさまよいたがてっていることを察知していたのだろうか。ちょっと怖い話である。
ふりやまぬ雨に佇む傘の内ふるさとなければ流れゆくなり
若きランボーの魂を追ひパリの街へわが老魂もさすらひゆくか
雨ふれば沙羅の木濡れて色つぽい
太宰忌の雨しとしととふりやまず
野口富士男「なぎの葉考」、何年ぶりだろうか、やっぱりいいなあ。魔性の娼婦の回想のなんともエロチックなこと。浮島の森の不思議。熊野を案内する中上健次の風姿が印象的な短編だが、読み終わるくらいになると涙がが出そうだ。
この小説を読んだからだろうか、夏椿の樹皮が何だか妙に艶っぽい。
木の幹にまだら模様のある沙羅のその樹皮に触る熱もつごとき
黄土色の艶ある樹皮に触れてゆく女体のごとき沙羅の木を恋ふ
横須賀短歌会の6月歌会。楽しかったものの、往復に時間がかかる。遠いなあ。
もじずりの紅とつばなの白銀を詠むうたありき胸にひびくも
半島の夏のみどりは荒くして海へ出て征くイージス艦も
天に去る鳶のこゑいつか消えてゐる
せせり喰ふ鰺の塩焼き湘南の海の馥りの口中に満つ
午前中は曇っていたが、昼を過ぎて雨が落ちてきた。昨夜あたりから耳を澄ますと蛙の声が聞こえてくる。
めぐりには田の見えねども夜の曇りに蛙頻き鳴く喧しく鳴く
遠田には蛙鳴くなり青ペンキぬりたての蛙も鳴きはじめたり
おのが軀も寄木細工か塗り剥げて毀れしもあり古びたるなり
近藤洋太『眞鍋先生 詩人の生涯』読了。眞鍋呉夫、いくつかの俳句には感嘆してきたが、読み直さねばいかんなあと考えているところだ。いい本だった。「我はなほ屍衛兵望の夜も」「雪女ちよつと眇であつたといふ」「花冷のちがふ相手に逢ひにゆく」「雪女あはれみほとは火のごとし」いいですねえ。
雨の夜はつめたき女にあひたくて
後悔はとつくのむかしに古き恋