2024年8月16日(金)

台風7号が接近、朝から雨、風。でも、今はまだまだ。

  牛乳パックが涎をたらすおのづからシンクの内に乳牛のやうに

  墨の香のするどさ部屋に充満す「志」とふ字を妻が書く

  台風7号、関東地方に豪雨・強風手加減するな波浪も高き

『論語』郷黨二二 車に升りては、必ず正しく立ちて綏を執る。車の中にして内顧せず、疾言せず、親指せず。

  車に乗りては正しく立ちて綏をとる内顧・疾言・親指はせず

『百首でよむ「源氏物語」』第四十七帖 総角
・総角に長き契りを結びこめ同じところによりもあはなむ 薫
・ぬきもあへずもろき涙の玉の緒に長きを契りいかが結ばん 大君

・山里のあはれ知らるる声々にとりあつめたる朝ぼらけかな 薫
・鳥の音も聞こえぬ山と思ひしを世のうきことはたづね来にけり 大君

  玉の緒の長きを結びたづねこし君ありしかなこの朝ぼらけ

『春秋の歌』 谷崎潤一郎

「生々しい感動が、これほど静かに語られたことはない。氏は、確信をもって語って

ゐるのだ、「痴人こそ人間である」と。氏の「この人を見よ」である。エッセイ『谷崎潤一郎』(1931)の結論的部分。

「『痴人の愛』は痴人の哲学の確立である。世を嘲笑する術を全く知らず、進んで敗北を実践してきた氏の悪魔が辿り着いた当然の頂である。」

  谷崎潤一郎前半期の『痴人の愛』痴人こそ人と小林秀雄言ふ

2024年8月15日(木)敗戦記念日

また暑いのである。

  大山にうす雲かかり霞みたり山のみどりも仄かに見ゆる

  麦茶のペットボトルをぶら提げて川までの道石礫つづく

  ポストより朝刊を取り九階へいそいそもどる一面見つつ

『論語』郷黨二一 孔子は、斉衰(しさい)の喪服をつけた人にあうと、懇意なあいだでも必ず様子をあらためた。冕者(冕の冠を着けた人)と瞽者(目の悪い人)にあうと、親しい間柄でも、必ず様子をあらためた。褻(喪服の人)には、式の礼を行なった。戸籍簿を持つ者にも礼をささげた。盛饌あれば、必ず顔つきをととのえて立ちあがった。」迅雷風烈には、必ず居住まいを正した。

  孔子のふるまひを上げこれこそが礼にかなふかやたらくはしき

『百首でよむ「源氏物語」』第四十六帖 椎本

匂宮、長谷寺詣での途中、宇治に寄る。
・山桜にほふあたりにたづねきて同じかざしを折りてけるかな 匂宮
・かざしをる花のたよりに山がつの垣根を過ぎぬ春の旅人 中の君

・我なくて草の庵は荒れぬともこのひとことはかれじとぞ思ふ 八の宮
・いかならむ世にかかれせむ長き世の契り結べる草の庵は 薫

八の宮が亡くなる。
・牡鹿鳴く秋の山里いかならむ小萩が露のかかる夕暮れ 匂宮
・涙のみ霧りふたがれる山里はまがきに鹿ぞもろ声に鳴く 大君
・雪深き山のかけ橋君ならでまたふみ通ふあとを見ぬかな 大君

  山里の宇治いかならむつぼねたちの親しきさまを慕ふなりけり

『春秋の花』 柿本人麻呂
・隼人の名に負ふ夜声いちしろくわが名は告りつ妻と恃ませ 『柿本人麻呂集』

『万葉集』巻十一所集。「上代婦人のおおらかな・しかも凛乎たる気風が首尾を支配する。」「あなたのプロポーズにお応えするべきことを、私は、こんなにはっきりいいました。この上は妻として頼りなさいませ。」というのが、明白な歌意。上代における「隼人の夜声」は「犬声」を表す。
・御食向ふ南淵山の巌には触れるはだれか消え残りたる
・遠妻と手枕交へてさ寝る夜は鶏が音な鳴き明けば明けぬとも

  隼人の夜声を聴きて心細きわれをたすけよ消のこる雪に

2024年8月14日(水)

今日も、とっても暑い。

李人稙(イ・インジク)『血の涙』を読む。韓国文学「新小説」の作品。オンギョンの平壌・大阪・アメリカへの変転の生。日清戦争の終結にはじまる韓国少女の遍歴。「人間にとって最悪のものがいくさじゃ。」そのとおりだ。

  土の中は安穏、あんのん幼虫のままにまるくなるいつ蟬になる

  蟬の穴が一つしかない木の傍を寂しく見てをり土の平を

  太き、白き蟬の幼虫奇妙なるすがたに埋まる土の中なり

『論語』郷黨二〇 寝ぬるに尸せず(寝るときは死体のようにぶざまにならず)。居るに容づくらず(ふだんのときは容儀をつくらなかった)。

  尸のやうにはい寝ずとりわけてふだんは容儀つくらずにゐる

『百首でよむ「源氏物語」』第四 十五帖 橋姫

ここから「宇治十帖」、薫と匂宮を主人公とする。
・橋姫の心を汲みて髙瀨さす棹のしづくに袖ぞ濡れぬる 薫
・さしかへる宇治の川をさ朝夕のしづくや袖をくたし果つらむ 大君

・命あらばそれとも見まし人知れぬ岩根にとめし松の生ひ末 柏木

薫は光源氏の子として育っているが、実は柏木の子である。出生の秘密。

  岩の音にとめし松の木恋ひしくてわが子を思ふ死の後なれど

『春秋の歌』 道元

この心あながちに切なるもの、とげずと云ふことなき也。 正法眼蔵隋聞記

「心に念じて、私自身を激励した。」「いまも私は、制作について、また人生社会の万般について、掲出語を大いに尊重している。」
・山のはのほのめくよひの月影に光もうすくとぶほたるかな

  この心切なるものよやりとげてとげずといふことわれになきなり

2024年8月13日(火)

今日もまた暑いのだ。

貫井徳郎『悪の芽』を読む。つらい読書であり、何度もページを閉じた。384、389pの言葉が大切だろう。ここでは詳しくは書けないが、貫井ミステリイ、人間社会に潜む悪の芽を考えさせられる。悪の芽は、私にも確実にあるのだ。

  蔦の蔓這ひだす河原土堤をゆくのらりくらりと足弱われは

  石礫の埋もれし道を歩くなり百日紅の花散るを踏み

  朝のひかり浴びつつ河原土堤をゆく大山につらなる山やまを見る

『論語』郷黨一九 朋友死して帰する所なし。孔子が言う。「我に於いて殯せよ。朋友の贈りものは、車馬と雖ども、祭の肉に非ざれば、拝せず。」

  朋友帰して弔ひの場所なくばわが家の内に殯するべし

『百首でよむ「源氏物語」』第四十四帖 竹河
・折りてみばいとど匂ひもまさるやとすこし色めけ梅の初花 宰相の君(玉蔓派)
・よそにてはもぎ木なりとや定むらんしたに匂へる梅の初花 薫

・人はみな花に心を移すらむひとりぞまどふ春の夜の闇 蔵人少将

  人はみなあらたなる花に心移すわれのみひとり闇夜にまどふ

『春秋の花』 土岐善麿
・いまもなほ、青き顔して、革命を、ひとり説くらむ。ひさしく逢はず。(『黄昏に』1912「啄木追懐」)

・杜かげに新しき家のまた建つや往きかひしげき人の寂しさ

  革命を今の世に説く啄木のその覚悟やある頼もしきもの

2024年8月12日(月)昨日は山の日。日曜だったので今日振替休日だそうだ。

暑い、暑いと音をあげる。東北地方は台風5号で雨が心配される。

  山の民は炭を焼き、杣を刈る、また鹿を打ち、猪を滅ぼすあしひきの民

  千年を土に埋もれてゐし土器ならむ蛇がしつかり胴を巻きをり

  毬栗がみどりの栗の葉にまぎれその戦闘性まぎれなかりき

『論語』郷黨十八 大廟に入りて、事ごとに問ふ。(大廟(魯の周公の霊廟)の中では、儀礼を一つ一つ尋ねた。)

  大廟に入りて葬の儀式にて行ふことを事ごとに問ふ

『百首でよむ「源氏物語」』第四十三帖 紅梅

按察大納言は亡くなった柏木の弟である。
・心ありて風のにほはす園の梅にまづ鶯の問はずやあるべき 按察大納言
・花の香の誘はれぬべき身なりせば風のたよりを過ぐさましやは 匂宮
・もとつ香のにほへる君が袖触れば花もえならぬ名をや散らさむ 按察大納言
・花の香をにほはす宿にとめゆかば色にめづとや人の咎めん 匂宮

  光源氏のかがやきにとほくかなはねど匂宮にもはなやぎはある

『春秋の花』春の部 中野重治

「おれは上り坂を上って行くぞ。「死」のことはわからぬ、わからぬけれど上り坂だ。」短編『写しもの』(1951))主人公安吉の心内語。森鴎外『妄想』の中の有名な「死を怖れもせず、死にあこがれもせずに、自分は人生の下り坂を下って行く。」に対する安吉の決意表明である。壮年期にむかう中野重吉の覚悟であろう。

  死のことを意識しつつも生きてゐるわれならなくに『妄想』を読む

2024年8月11日(日)

昨晩は、雨が降ったようだが、今朝はもう暑い。

澁澤龍彦『三島由紀夫おぼえがき』、おそらく二度目の読書。ある時期、三島のもっともよき理解者であったに違いなく、それぞれに違和を感じつつも、付き合いが続いた二人の姿が懐かしい。二人とも、今は幽界に属す。

  キッチンの床にひろがるキャップの色五色に遊ぶやさしき妻が

  母もまたフローレンス原人のなれのはてその骨格のいかにも小さし

  たましひは明けのからすに攫はれてふがひなきなり老いたるわが身

『論語』郷黨一七 君、命じて召せば、駕を俟たずして行く。

孔子は、ある意味、せっかちなような。そんなに急がなくともと思うけれども、その緊迫感が必要なんだろうな。駕よりも先に君のもとへ。

  命ぜられれば駕よりも先に君のもとへ参ずるならむ孔子先生

『百首でよむ「源氏物語」』第四十二帖 匂兵部卿

「光隠れたまひにし後」源氏には及ばないが匂宮と薫が中心になる。とりわけ冷泉院のおぼえめでたき薫。
・おぼつかな誰に問はましいかにしてはじめも果ても知らぬ我が身ぞ 薫

  八少女はわが八少女ぞ神のます高天原に立つ八少女ぞ

『春秋の花』春の部 松尾芭蕉
・紅梅や見ぬ恋つくる玉すだれ 元禄二年

「うら若い近世男子心情をさながら表現している。」
・此の秋は何で年よる雲に鳥 元禄7年 死の二週間前の作。

  御簾のうちの見ぬ恋ひをするをのこごの幼きを愛すその率直さ

2024年8月10日(土)

朝はいくらかは涼しかった。五時過ぎに、少しだけ歩く。

  黄金蟲の廊下にしづかに死せるありきみに満足なる生ありしかな

  まだ死んではゐない蟬がゐる触るればじじつとまだ生きてゐる

  あいかはらずみみずの自殺つづきをりなまなましきよ死にゆくみみず

『論語』郷黨一六 疾あるに、君これを視れば、東首して朝服を加へ、紳を拖く。(病気をして主君が見まいに来た時には、東枕にして朝廷の礼服を上にかけて広帯をひきのべられた。)これも孔子の考える「礼」の類であろう。

  疾にあるわれを主君が見舞ふとき東向きに寝、朝服に帯

『百首でよむ「源氏物語」』 雲隠 第四十二帖「匂兵部卿」の前に題だけの「雲隠」巻があって、光源氏の死が暗示される。「雲隠」は、五十四帖の内には入らない。本文もない。だから歌もない。

  題のみに文章もなくて暗示のみ光源氏は雲隠れたまふ

『春秋の花』春の部 若山牧水
・しみじみとけふ降る雨はきさらぎの春のはじめの雨にあらずや 『くろ土』

「恐ろしゅう上出来」の一首。
・朝酒はやめむ昼ざけせんもなしゆふがたばかり少し飲ましめ

牧水の歌はいいなあ。

  けふ雨は驟雨のごとく激しくて土をたたきてふりやまずけり

昨日の夕方、激しい雨が降った。