5月1日(土)
花槐咲きはじめたる五月かな
槐の花ひとつひとつがせつなさやさみしさを持ちゆれてささやく
5月2日(日)
さくら木に果のみのる頃鬱蒼とみどり広がり季節が移る
やや赤き実をあまた付け葉ざくらの右往左往す大南風
桜の果のつやつやしきを枝に著け若き壮りのさくらの一樹
はつなつの風に欅の木の葉ゆれ夕ぐれなればながき木の影
5月3日(月)
マンションとマンションの間の空間を高速に移る四十雀一羽
つつぴつつぴ声する方をふりかへる四十雀すでに飛び去りし空を
雨上がりの白雲の下山笑ふ
葉ざくらに果実みのるを仰ぎたり老いたるかなやため息ひとつ
5月4日(火)
雪隠に三日月を観る歌を読むわが家のトイレは密閉空間
月を観て脱糞するを想像す唸りてあげくに長きため息
安田純生の三十代の歌集読むそこはかとなきエロス、ペーソス
5月5日(水)
息子くれば「四日のあやめ」もいいだらう菖蒲湯に長く浸りゐるべし
鯉のぼりも濡れて揉まれて雨ん中
子どもの日雲の上にはひかりあり
5月6日(木)
茅花の穂朝のひかりに揺れてゐる散歩に方途失ふところに
病室に身に染みてさびしき日々を経てすこしは人間らしくなりしか
5月7日(金)
あるときは書物は凶器。その思想のみにはあらずその重さにも
中庭の柘榴のみどりに混じる赤――つぼみ四、五個が夕ぐれてゆく
5月8日(土)
田の畔に立てば五月の空ひろく黄砂にかすむ白き富士が峯
五月八日の大谷水門に水あふれひかりもあふれ蛙鳴きだす
大けやきの下にあそぶ子繁り葉のみどりに映えて肌へ蒼白き子
5月9日(日)
九階のベランダに立つわが顔の間近をすぎてつばめ翻る
エアコンの工事の日なり朝の風少しつよいが晴天である
ここにもすぐれた人間の技があるTシャツの胸厚き青年
朝刊を1Fのポストまで取りに行く日々の馴ひなれどマスクを忘る
5月10日(月)
男も女もしやうもないものとおもひしが厭ふてもどこか愛らしくして
便壺にけさの雲古のうづくまる。色よし 形よし 臭ひ、まあよし
橋の上に河川敷覗けばイカルの群れ飛び上がりくる黄の嘴と脚
5月11日(火)
さくらの実熟れ落ちたるがつぶれたり赤き惨劇の跡踏みて行く
海老名駅のホームのベンチに悄然と腰をおろしてため息もらす
5月12日(水)
風呂の湯に浅く浸かりし時におもふわが心ノ臓を動かすハツ子
わがハツ子よ少しはこの軀に馴れたるかともに携へ半年を経る
路傍には小さな小さな春紫苑近くを人が歩めばゆるる
カラス鳴く声におどろきベランダにさねさし曇天けふも暮れゆく
5月13日(木)
今日は朝から雨だ。しとしとと降りつづく。
朝初の蛇口を開けて湯になるまで水の流れの変化妙なり
電柱の陶製碍子にふる雨の白くながるる雨にかがやく
曇天に野あざみ見つけふり返る
雨ふれば寒きか軀を寄せ野良五匹しばし見詰めてわれに近づく
5月14日(金)
TシャツにYシャツかさね歩きだすハツ子とともにかろやかに行く
障碍者手帳は常にバッグの中ときをりハツ子を意識しつつ
5月15日(土)
みどり色のざくろの葉々にいくつかの朱色の花のひらく朝なり
テロにより時代が動く時がある三上卓銃のトリガーを引く
5月16日(日)
世のはじめに女神微笑す。モナ・リザ祈りのこゑか、呪ひ…(う~む)モナ・リザ
金沢の夏の影こき塀ぎはに日傘の女を追ふ巴水の眼
5月17日(月)
青嵐さつきの花を吹きちらし中庭はあまたの花首落す
こらへこらへてふきだす笑ひ夢の中に「ぷほっ」と笑ふ婆が潜む
ねむりこむわれを囲みてささやくは魍魎のこゑかも片目をあける
雲上雲下善人のみにあらずして世界の終りもとつぴんぱらりのぷ
5月18日(火)
マンションの前の空地の草やぶに椋鳥がくる雨くれば去る
あたらしき紺のリネンのシャツにゆく裾ひるがへし颯爽とゆく
5月19日(水)
遠ざかる痩身眠狂四郎妻をうしなふ孤影さびしき
降りだせば雨に濡るるもよしとせむ田村正和この世にしなし
なんとなくシャンソンを聴きたき昼の雨ジュリエット・グレコを幾度も流す
5月20日(木)
山塊の鞍部にたまる雲なびき白蛇おもむろに太るがごとき
キッチンのシンクに一つ苺の蔕だれだかくれていのちを喰ふは
三婆の一人はやはり失せたるか縁に座したる二人犬抱く
5月21日(金)
今朝もまた起きては測る体温と血中酸素濃度、血圧まあよし
水饅頭冷やし食ぶる五月なり鬱陶しければ冷たき甘味
5月22日(土)
さつき花みてをれば天日くらくなり木々蒼然とゆれはじめたり
向かい家の九階の窓のいつまでも明るくあればわれもねむらず
わが内なる暗黒はこよひ荒れてゐる心嚠喨と吹きとばしたき
5月23日(日)
寝返りをいく度もうつ時に覚めまたねむりつつ安からなくに
黒闇の鎮守の森の椿の花凝つとわれを視る妖しき光
5月24日(月)
葉は濡れて紫陽花の花青き色
紫陽花に水色したたる花咲けば妻はけはしき表情崩す
マンションのめぐりに白き山法師このまま山に跳び移れぬか
椿の実のふたつを拾ふまだ青く硬きいのちを双手に握る
5月25日(火)
鮎の宿失せてさびしき五月かな
晴天の相模の川は色気なし
相模河原は朝のひかりのまぶしきに水際に鵜の居るそこのみ暗し
おだやかに暮れゆく夕べ人参に玉葱刻みカレーにするか
5月26日(水)
朝早くあけぼの杉のてつぺんに椋鳥のこゑ恋をするこゑ
濃紫色の紫陽花の花も咲きはじめマンションの庭落ち着く頃か
5月27日(木)
スーパームーンのあくる日は雨の一日なりそんな朝に咲く夏つばき
この木にも聖なる霊の宿りたる雨のふる日の沙羅の木の花
5月28日(金)
もう一本の夏つばきの木に花ひとつ夕ぐれなれば暗くなりゆく
鵯の声する方をふりむけば沙羅の高枝の裏ぬけて飛ぶ
5月29日(土)
枇杷の木に枇杷は実をつけたわわなり腐れて落つるものありけにり
水羊羹に匙入れて少し畏まる松の太枝にむかあひつつ
5月30日(日)
山椒の実の粒水にしづかなり星なき夜は山椒を煮る
抒情詩人は声太くしてあの岩のトンネルのむかうに草つみてをり
5月31日(月)
田に水の入れば蛙鳴のかしましくあちこちに鳴く、這いのぼるあり
偏屈なる顔した蝦蟇のかたちしてわが這いあがる畔の上に
鴨二羽が水田に居れば畔をゆく鴨はかたむき空仰ぎをり