3月1日(月)
入谷駅を遠く見下ろす高架橋くだりゆけば田に水がうるほふ
3月2日(火)
本厚木駅にロマンスカーの発射音かろやかに鳴る赤いロマンス
3月3日(水)ひなまつり
京の町にあがなふ陶製の内裏雛もも咲けばやさしき表情をする
3月4日(木)
どことなく安らぐやうなる男雛なり緊張感のほどけたるかも
女雛はまだ緊張感をほどかずにきびしき顔を男雛に向ける
3月5日(金)
百余りのもくれんの花春(しゅん)昼(ちう)に咲き誇るなり花の純白
3月6日(土)
おほいぬのふぐりの花に拠りゆくか紋白蝶は春を喜ぶ
3月7日(日)
曇り空に仏の座ひそかに咲きにけりむらさきの花格別よろし
3月8日(月)
さみしさは氷雨のしづく九階のベランダの窓を滴々と降る
3月9日(火)
泥流を飛び立て鴨よ橋のうへは春の風吹くあたたかき風
3月10日(水)
あけがらす威丈高(ゐたけだか)なり呵呵と鳴きくはばらくはばら旁若無人
3月11日(木)
十年前のあの日の長き激震の恐怖いまだも忘じがたし
3月12日(金)
夜の闇に五つのつばきが落ちてゐる拾はむとして行方失ふ
3月13日(土)
やうやくに白木蘭の花ひらきわが住むマンションも少しはなやぐ
3月14日(日)
水栽培の風(ヒヤ)信子(シンス)この頃見えざるは街に美少年滅びたるか
3月15日(月)
大山も、居並ぶ山も春の山けさは笠雲一つが浮かぶ
3月16日(火)
青き瞳の猫太りすぎ重くして路傍に落とせばうらめしげに鳴く
3月17日(水)
木蘭の花咲き惚けて散り落つる純白の花は汚れやすし
沈む日の遅くなりゆきいつまでもあかるき山の霞むがごとし
夕焼けが飛行機雲を染めてゆく海棠の花まだ咲かぬ庭
3月18日(木)
土筆坊(つくしばう)を摘んでよろこぶ爺(ぢぢい)かな女子高生に笑はれてゐる
コンクリートの破(わ)れ目に並ぶスミレ草むらさきの花は春を連れ添ふ
ことしのあぢさゐの葉のみどり色去年(こぞ)より濃きかいのち溢れる
3月19日(金)
ひよどりのするどきこゑの電柱の上にひびけり若きひと声
木蘭の花のむかふに椿の花毒づくごとしまつ赤な花は
3月20日(土)
こもりくの山の墓苑にいち早く死者が喜ぶさくら花咲く
河を渡り山に近づくにこぶしの花天空を浮く花盛りなり
3月21日(日)
木蘭の花ちりぢりに春の雨
家族五人が揃へばそれだけで嬉しくてわいわいがやがやあたたかくなる
アンブレラ回して遊ぶ雨の午後けふは激しきものを恋ひをり
3月22日(月)
昨夜(きそ)の風のやうやくやめば庭の木のもくれん白き花総て散る
コンクリートの破(わ)れ目にならぶすみれ草むらさきの花春さ中なり
3月23日(火)
春日野に馬酔木の花の咲くころを初発の恋あり昔なりけり
しじみ蝶がわれのめぐりを飛ぶときのわれはなにもの花かも知れず
3月24日(水)
けさもまたドリップに落とす湯の音と珈琲の香に覚醒したり
ことし初の染井吉野を公園に三分咲きなれど枝に花咲く
3月25日(木)
雪柳、菜の花、さくらそれぞれの花が位置占め春の河土堤(どて)
八分咲きの大島桜のめぐりにはうぐひすが鳴く、ひよどりがくる
3月26日(金)
海棠のほころぶところ三十五年つれそふ妻とわれもほころぶ
さくら色に川土手染まる三月下旬はかなきものにあくがれてゐる
まばゆきは雀の鉄砲の穂のひかり春のいのちの耤(おこ)されてゆく
3月27日(土)
朝の日は直(ただ)海棠の樹を照らす花の頽落の無惨も照らす
明日は雨の予想に今日はゆつくりと閑歩たのしむぶらぶら歩く
3月28日(日)
この雨はノスタルジックレインかも心寂しきこの春の雨
満開のさくらの下にほうとゐる今を昔とただほうとゐる
3月29日(月)
春眠に安気にあれど心晴れずことしのさくら散りはじめたり
畔に咲くなづなの花をとびめぐる紋白蝶やがてここ離(さか)りゆく
3月30日(火)
三昧(さんまい)に咲くさくら花散りはじめことしの花も死者が育む
甲斐の国は桃花ざかり花の木に拠ればむすめの頬もあかるむ
常よりも妻もくつろぐ如くなり湯(ゆ)帷子(かたびら)より肌へこぼるる
3月31日(水)
朝の湯にしばし游べばしづかなりひよどりが来てさくらに遊ぶ
瓶にさすあしびの花のこぼれたり宿の床の間花こぼれをり
甲府城花の陣なり時の鐘
窓を開ければ虫くるカフェ楽しきか卓上を七星(ななほし)瓢(てん)虫(たう)歩む
てんたう虫を指に這はせて指先へわが指を経て天を目指せ
一泊なれど往路、復路のそれぞれに思ひあり往路に喜び多き