2025年2月7日(金)

寒い、寒い。青天である。

秋尾沙戸子『京都占領 1945年の真実』読了。原子爆弾が落とされる可能性もあった京都の一九四五年以降の米軍の占領下にあった時代の動きが記されている。知らなかったことも多く、興味深い読書になった。占領軍の手から守られた京都御所、上賀茂神社の森を開発して開かれたゴルフ場、京都大学の核開発疑惑、祇園の変化、山鉾巡行の不思議など飽きないのだが、それだけ占領下に色々あったことが如実に触れられている。

  露天の湯につかりてため息もらすときはや山に入るなごりの赤さ

  夕暮れてこの山中を宿と決める蛇を操る人、皿回しも居る

  峠の道にすれ違ふものは修験者か法螺貝腰に下りくるなり

『論語』衞靈公一四 孔子曰く、「臧文仲(魯の大夫)は其れ位を窃める者か。柳下恵(魯の賢大夫。『孟子』微子篇には「聖人の和なる者」と評する)賢を知りて与に立たず。」

  なかなかに辛辣な評を孔子は下すかはりに柳下恵を讃へたりけり

『古事記歌謡』五一 オホヤマモリノ命

船を進められ、それが中流にさしかかった時、船を傾けて、水中に落とし入れた。オホヤマモリノ命は、それからいま一度、水面に浮かび上がったが、それなり、水のままに流されて行った。流れながら歌った歌。
千早(ちはや)(ぶ)る 宇治の(わたり)に       宇治の早瀬に棹執って
(さお)(と)りに 速けむ人し       速船こげる舟人は
わが(もこ)(こ)む           早く救いにここへ来い

川の岸に伏していた兵は、あちらこちら、いっせいに立って、弓に矢をつがえながら、命を追い流した。そこで訶和羅崎に至って、ついにそのまま水中に没した。

  ちはやぶる宇治の渡りに棹執りて速船をこぐ人やありけむ

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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