2025年1月16日(木)

寒いのだが、ほぼ晴れ。

  ビン・缶を棄てにゆくにはまだ闇くひそみ咲きたる山茶花の白

  暁闇のしづけさにひそむわれの息おのづから白く顔にまつはる

  山茶花の白き花赤き花に誘はれこの道ゆかば黄泉の坂かも

『論語』憲問三八 公伯寮、子路を季孫に(うつた)ふ。子服景伯(魯の大夫)以て(もう)して曰く、夫子(もと)より公伯寮に惑へる志し有り。吾が力猶ほ能く(こ)れを市朝に(さら)さむ。孔子曰く、「道の将に行はれんとするや、命なり。公伯寮、其れ命を如何。」

  道が行なはれんも道が廃れゆくも運命なり公伯寮ごときに左右されず

『古事記歌謡』二九 ミヤズヒメ
高光る 日の御子       大空の日輪に似て
安見しし わが大君      かがやける 皇子(みこ) わが君よ
新玉の 年が(き)(ふ)れば     かの日より年も新たに
新玉の 月は(き)(へ)ゆく     かの日より月も新たに
(うべ)(うべ)な 君待ち(がた)に     往きてまた巡り来たれば
わが着せる (おすひ)の裾に     君待つも待ち難しとて
月立たなむよ         裾につくわが月のもの

こうしてミヤヅヒメを婚して、その佩刀の草薙剣を置いて、伊吹山の神を討伐に出かけた。

  ミヤヅヒメとの婚儀そのものが違ひたるかヤマトタケルの前途やいかに

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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