2025年1月11日(土)

今日も晴れて寒い。

梶山季之『犯罪日誌』読了。梶山の復讐の物語を集めた犯罪短編が九編、日下三蔵の編集で一冊になっている。トリックはそんなに難しくないが、ペンが走っている。私には、最後の二編「失脚のカルテ」「湖底の賭」が、おもしろく読めた。

  北前船の寄する港に行きたしとおもふときあり曇天の朝

  久々の雨の暗さに寂しげにうなだれかかるをみなありけり

  うるほひは土地にありしか地の野菜乾けるがすこし息づく

『論語』憲問三三 孔子曰く「(いつわ)りを(むか)へず。信ぜられざるを(おもんぱか)らず、(そも)(そも)亦た先ず(さと)る者は、是れ賢か。」

  そもそもまた先ず覚る者賢きと孔子はたたふその在り方を

『古事記歌謡』蓮田善明訳 二三
山城の幣羅坂にかかると、腰裳を着けた少女が立っていて歌う。
(こ)はや 御真木(みまき)入日子(いりひこ)はやえむと   御真木入日子天皇は
御真木入日子はや          御真木入日子天皇は
(おの)(お)を 盗み(し)せむと       自分の命を盗もうと
(しり)つ戸よ い行き違ひ        裏の門からこっそりと
(まへ)つ戸よ い行き違ひ        表の門からこっそりと
(うかが)はく 知らにと          ねらっているのも知らないで
御真木入日子はや          あぶない時とも知らないで

童謡の一つだろう。庶兄タケハニヤスノ王がよからぬ心を起こしたしるしにちがいないとオホビコノ命に討たせた。

  こつそりと天皇を討つ計画ありなればオホビコノ命に逆に討たせつ

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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