2025年1月3日(金)

曇っていて寒い。

鵜飼秀徳『仏教抹殺 なぜ明治維新は寺院を抹殺したのか』読了。廃仏毀釈は江戸時代に水戸藩ではじまっていたこと。また維新後は、地方官僚による忖度、さらに大寺の堕落などがかさなり暴走したこと。浄土真宗をはじめ寺院側からの働きかけもあって、復寺院も見られたこと。あれこれ実地に調査して書かれている。

  無謀なる神仏分離令の解釈を良しとしたるか水戸、そして薩摩

  忖度は碌なこと無し各地区に仏像、寺院建築毀釈されたり

  仏像は信者が隠しほとぼりのさめたるときに直されてゆく

『論語』憲問二五 孔子曰く「古の学者は己れの為にし、今の学者は人の為にす。」
なんだか、今の学者を言い当てているようだ。

  古の学者と今の学者とを比べて語る孔子なりけり

『古事記歌謡』蓮田善明訳 一四 カムヤマトイハレビコノ命
また、
神風の 伊勢の海の     神の風吹く伊勢の海の
大石(おひし)に 這ひ廻ろふ     石にとりつく細螺(きさご)(がい)
細螺(しただみ)の い這ひ廻り     とりつき這いつき じりじりと
撃ちてしやまむ       囲み撃て撃て 撃ち果たせ

  伊勢の海の石にとりつく細螺のとりつき這ひつき撃ちてしやまぬ

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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