2024年9月21日(土)

今日も36℃になるらしい。朝から風が湿っぽい。

山尾悠子『ラピスラズリ』を読む。幻想文学と言うべきと思いつつ、その細かい設定、描写に驚く。冬眠者をめぐる、春の目覚め、いやいや凄い。ラピスラズリは、青金色でしょうか。俺はやっぱり山尾悠子ファンなんだな。
・幾何学の町に麺麭買ふ髭をとこπの算術今日咲き継がせてよ 『角砂糖の日』

  ラピスラズリ凝りし色を掻きとりし聖なるものをわがものにせむ

  秋の枯れ葉音立てて散る城砦に冬眠準備扉閉めゆく

  春の日の目覚めをおもひ冬の眠りの準備に入る人形たちは

『論語』顔淵六 子張、明を問ふ。孔子が言ふ。「浸潤の悪口や、膚受のうったえが通用しないようなら、聡明といってよいだろう。浸潤の悪口や膚受のうったえが通用しないなら、見通しがきくといっていいだろう。」

  悪口やひどいうったえをほぼ聞かず明と遠とを全ふすべし

『春秋の花』 大隈言道
・これのみやけふはありつることならむ松のみ一つおちし夕ぐれ 『草径集』1863

植物の「実」の落下が物静かに詠ぜられた。
・落ちし葉のひと葉のつぎにまた落ちむ黄なる一葉の待たるるゆふべ 若山牧水

植物の「葉」の落下を物さびしく詠ず。
・皐月ゆふべ梢はなれし木の花の地に落つる間のあまきかなしみ 同

植物の「花」の落下を物がなしく詠じた。
     ↓
花の盛衰
・牡丹花は咲き定まりて静かなり花の占めたる位置のたしかさ 木下利玄『一路』
・花びらをひろげ疲れしおとろへに牡丹重たく咢をはなるる   同『銀』

  おのづから散りゆく秋の桜ばなくれなゐの色ものがなしけり

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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