2024年8月8日(木)

昨日までより気温は低くなっているようだが、暑いことに変わりはない。

木内昇『よこまち余話』(中公文庫)を読む。浩三少年を通して、駒さん、トメさん、遠野さんなどのあの世の人々が捉えられ、この横町、というか路地のあの世とこの世の交わるところが魅力的だ。

  尖石の土に眠れる土偶あり孕み女が三角顔して

  スーパーつるやにおやきを買へばわれもまたみこもかる信濃の老人なりき

  コシヒカリ五キロを背負ひかへるべし黄泉にはあらず科の国なり

『論語』郷黨一四 君、食を賜へば、必ず席を正して先づこれを嘗む。君、腥(生肉)を賜へば、必ず熟して(煮て)これを薦む。君、生けるを賜へば、必ずこれを畜ふ。

君主は色々下さるのだが、食物は少し食べ、生肉は火を通し、いきているものは飼うのだ。

  潔癖なる孔子とおもふ。あれこれの賜りものへの対応みれば

『百首でよむ「源氏物語」』第四十帖 御法(みのり)

法華経千部を奉納する仏事に紫の上を中心に歌を詠みあう。
・惜しからぬこの身ながらも限りとて薪尽きなんことの悲しさ 紫の上
・薪こる思ひは今日をはじめにてこの世に願ふ法ぞはるけき 明石の御方

・絶えぬべき御法ながらぞ頼まるる世々にと結ぶなかの契りを 紫の上
・掬びおく契りは絶えじ大方の残り少なき御法なりとも 花散里

紫の上は死を意識した。
・おくと見るほどぞはかなきともすれば風に乱るる萩の上露 紫の上
・ややもせば消えをあらそふ露の世におくれ先立つほど経ずもがな 光源氏
・秋風にしばしとまらぬ露の世をたれか草葉の上とのみ見ん 明石中宮

紫の上の死
・いにしへの秋さへ今の心地して濡れにし袖に露ぞおき添ふ 致仕の大臣
・露けさはむかし今とも思ほえず大方秋の夜こそつらけれ 光源氏

秋好中宮から
・枯れ葉つる野辺をうしとや亡き人の秋に心をとどめざりけむ 秋好中宮
・上りにし雲居ながらも返り見よ我秋果てぬ常ならぬ世に 光源氏

  秋果てぬ我を見むとやあの世より紫の上返りきませよ

昨日で『正徹物語』を読み終えた。なんだか分かったような、分からなかったような。

正徹の蘊蓄を読まされているような古典であり、『徒然草』には、到底及び難い。

ということで、今日からは大西巨人のアンソロジー『春秋の花』を読んでいくことにしたい。大西巨人は、『神聖喜劇』をはじめ、没後の『日本人論争』中の自作の短歌を見ても短歌好きであったことがわかる。『春秋の花』は、短歌のみではないが、読んでいきたい。
とはいえ今日は満腹である。明日からのことにしよう。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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