朝から細かい雨。やがて上がるらしいが、今まだ降っている。
昨夜、カルロス・ルイス・サフ ォン『マリーナ バルセロナの亡霊たち』を読み終えた。これが凄いサスペンスであった。スペイン北東部のバルセロナを舞台とした物語である。15歳のオスカルが荒廃した城館に迷い込む。そこに住むマリーナ、その父ヘルマンと知り合う。仔細はいろいろあるが、その不気味さ、恐ろしさは無類であり、現代と過去を結んで死の世界へ直結している。愉しい、読み終えるのが惜しまれる読書であった。
やかんに沸騰せし麦茶を卓上の茶碗にそそぎ白き湯気立つ
卓上の茶碗にのぼる白き湯気たゆたふやうにそして消えゆく
手にかかへ碗の温さをいと愛しむこころも温し朝の時の間
『論語』述而一〇 孔子が顔淵に言った。「用いられたら活動し、捨てられたらひきこもるという時宜を得たふるまいは、私とお前とだけにできることだ。」子路が尋ねた。「孔子が大軍を進めるとしたら、誰といっしょですか。」孔子が言う。「暴虎馮河して死して悔いなき者は、吾れ与にせざるなり。必ずや事に臨みて懼れ、謀を好みて成さん者なり。」
大軍を率いるならば暴虎馮河の者とは与せずと孔子のたまふ
『正徹物語』119 兼題の歌会で、当日になって懐紙の歌をあれこれ沙汰するのはあってはならぬことである。そういうことがないように前もって題を出すのだから、前日には相談すべき人に添削を願い、批評も受けて清書し準備して、当日にはただ懐中入れて出仕すべきだ。懐紙は紙面をこすって修正などはしない。これも前から用意するものであるからだ。短冊で詠むのはその場に臨んでのことなので、なるほど擦って直してあるのがあるべき姿だ。
兼題には前日までに準備してその日は懐中にして修正などせず
『伊勢物語』六十九段 男が、伊勢の国へ狩の使いにつかわされた。伊勢の斎宮の親が、「この勅使を鄭重にもてなせ」と斎宮に言ったので、親の言葉だから、心をつくして男の世話をした。朝は狩のしたくをして送り出し、夕べに戻れば、自分の御殿に迎えた。ねんごろに男の労をねぎらった。
二日目の夜、男が、「どうしてもお逢いしたい」と言う。女もまた、逢うまいとは決められなかった。しかし人の目がある。逢うことは容易ではない。男は公の役人であるから、女の御殿の近くに泊っていた。女の閨も近い。人々が寝静まって、子の一刻(夜の十一時過ぎ)に、女は男のもとに向った。
男は、眠れぬまま、ぼんやり外を見ながら、臥していた。おぼろな月の光の中に、小さな女の童を先に立て、ひとが立っている。男は、たいそううれしく、寝所に連れてきて、子の一つより丑三つ(午前二時すぎ)まで共にいたが、語りあったことは少なかった。女は去った。男の心はひきさかれるようであり、眠られず夜明けをむかえた。女の身分もあって人をやることもかなわず、男は煩悶した。女から使いがくるだろうか。夜が明けきり、しばしのち、女より文がきた。言葉は無く、歌だけが書いてあった。
・君や来し我や行きけむ思ほえず夢かうつつか寝てかさめてか
男は泣いた。そして詠んだ。
・かきくらす心の闇にまどひにき夢うつつとは今宵さだめよ
と詠んで、狩に出た。男の心はうつろだった。明日はもう帰途につかねばならない。今宵だけでも逢いたかった。ところが、伊勢の国の守で、斎宮寮の長官が男のために酒宴をひらいた。一晩中酒盛りであった。夜が明ければ尾張へと発たなければならない。男は人知れず血の涙をながしたが、二人で逢うことはかなわなかった。
しだいに夜が明けようとするころ。女が盃をさしだした。盃の皿には、歌が書かれてあった。男は手に取り見ると、
・かち人の渡れど濡れぬえにしあれば
そこまでだった。男は松明の消炭を手に取り、つづきを書き継ぐ。
・またあふ坂の関はこえなむ
男はそう詠むと、尾張へむかった。
時は清和天皇のころ、斎宮は、文徳天皇の皇女であり、惟喬親王の妹である。
斎宮は神聖なものされどその斎宮を愛し男悶へる