朝は寒いけれど、日中は快晴。
ラピスラズリ色の硝子破片いにしへ人の祈りの色なり
大安寺に残るほとけの表情のやさしきはこの寺なればこそ
今朝もまた暁闇に残る月の色あかるくて西の連山照らす
『論語』里仁七 孔子が言った。人の過ちというのは、それぞれ人物の種類に応じて犯すものだ。過ちを見れば仁かどうかわかる。
過ちには人の党に於いてする過ち見れば「仁」か判る
『正徹物語』33 「蓮葉の八千本」とは、数の多いことを「八千たび」「八千代」というように「無数の蓮」ということだ。こう詠んだ歌があるのだろう。
蓮葉の八千本といふ歌ありぬ正徹の作かわからざりけり
『定家八代抄』雑歌上・中
・諸共にあはれと思へ山桜花より外に知る人はなし 行尊
・木の下を棲とすればおのづから花見る人になりぬべきかな 花山院
・侘びぬれば身をうき草のねを絶えて誘ふ水あらばいなんとぞ思ふ 小町
・時すぎて霜に枯れにし花なれど今日は昔の心地こそすれ 朱雀院
・めぐり逢ひて見しやそれともわかぬ間に雲隠れにし夜半の月かな 紫式部