歌一覧(2023年2月)

2月1日(水)

しをたれた葉を五枚つけ欅樹の高きところの枝、風に揺る

後の世には第三次世界大戦と呼ばれんかウクライナへのロシア侵攻

如月は短きものと古来より決まりしものかなにゆゑならむ

2月2日(木)

劇的なる日の出はあらず。如月(きさらぎ)二日、朝は小暗く 明けてゆくなり

稲荷社の紅白の旗、風に鳴る。三眼六足の きつね出づるや

白梅の咲けば、しづかに春がくる。今年の梅の、あまり香らず

2月3日(金)

無頼とは女性を捨つる()ひなるか柴田錬三郎いくたりを捨つ

沈没し海上に浮く七時間ただ空白の時間と言へり

わたしにも善良なる市民になる気はなし偏屈でよし頑固がよろし

2月4日(土)

老作家と老文学者とのばかしあひ、かくも愉快に宿命(かた)

ねぢくれたざくろの幹の偏屈を、冬なれば見つ。その性根をば

木蓮の春の芽尖るけばけばの ひかり帯びつつ、いのちの花芽

2月5日(日)

亜欧堂田善といふ名のおもしろさ洋風画のなかの棒立ちの人

冬の夜の風呂上りに(の)むカモミール。腹に枯れ草の原が広がる

江戸末期文政年間に渡来せし。亜欧堂田善の死ぬる頃なり

2月6日(月)

円にちかき昨夜の月の残りをり。午前六時の暁闇の空

西空に耿々と残る月の色。ひむがしはやうやうだいだい滲む

なんとなく屈託あれば、ベランダに 伸びをしてみる 右腕だけの

ジェット雲短く引きて、西へ()く。立春すぎて二月春の日

2月7日(火)

紅梅の花を見つけてふりむけば白梅あまたの花着けてをり

残り汁の豆腐食らふて春昼餉(ひるげ)老いのこころの穏やかならむ

春の日は『老子道徳経』の小気味よさ無為自然(と)き赤子をたとふ

来し方に恋しきものは枯れ葵。賀茂の祭りの果てたる後の

2月8日(水)

なにゆゑにかくも凶暴になりたるか沖虎彦をあはれかなしむ

柚月裕子の極道描く小説の容赦なき暴力ときにやるせなき

和光同塵そこにこそある「玄同」を老子説きたり(あ)にはむつかし

家の庭にありたき木や草いくつかをあげつらふ兼好法師得得(とくとく)

味噌汁に牡蠣を煮てくふ海の味

2月9日(木)

ひむがしの空ほのぼのと明けてくる今朝は屈託すこし寡なし

くらげ色の残りの月を背景に群れとぶ鳩の家群(やむら)に消えつ

鴨どりの群れに一羽の鴛鴦(をし)のゐて青緑色の羽根毛つやめく

悲田院の堯蓮上人の吾妻訛りゆかしきものとおもひたるらし

2月10日(金)

風、雪に右に左に翻弄され老いにはつらき駅までの道

荒蕪地の草枯れのうへにいっときを雪たばしれりここはいづくぞ

(ものを)しみをすることこそがたいせつと為政者にむけ老子説くなり

大国を治むるは小鮮魚を烹るがごとし」かく名言を説く老子徳経

ここにもまた為政者に説くことばあり奢りなく民を撫で農勧むべし

臨終の醜きすがたあげつらひ「静かにして乱れず」よきことばなり

2月11日(土)

みぞれから小さな雪へ変はるころ防寒仕様の老いも出でたり

傘に降るシャーベット状の雪の(かさ)重たくなればときに傾く

うぐひす餅三つぶら提げもどりくるわが家もやうやう春来る気配

大国のふるまひを糺す老子なり習近平よ肝に銘ぜよ

栂尾の明恵上人の人柄をよきものとおもひ兼好しるす

2月12日(日)

木蓮の芽のけばだちは春守る羽織る毛皮の厚きけばけば

(けば)だって茶色の醜き芽立ちから汚れなき純白の花咲く不思議

「道なる者は万物の奥」「善も不善も」(い)れて貴き

秦重躬(はたのしげみ)、道に長じてそのことば神の如しと人は思へり

明雲座主、相者(さうじや)にあひて傷害の恐れを言はれ矢にあたり(う)

2月13日(月)

ひよどりの木の間隠れに鳴き立てば見えぬ木の間に応ずるひと声

冬木々の裸の枝に拠りて鳴くすずめかしましもう一羽くる

揺れながら鳴くすずめごの愛らしく(ま)(ぢか)にすずめの毛並みも見えつ

老子曰く「天下の難事は易きより(お)こり、天下の大事は細より(お)こる」

灸のこと二段にわたり書きしるす兼好法師も灸治をせむか

2月14日(火)

冬枯れの欅の樹皮に触れゆくに金属めきて荒立つはだゑ

末枯(すが)れたる枝に枯れたる枝がからみ冬ならではの異様なる姿

熱き湯にゆつくり沈む愉しみの失せて三年まだ生きてゐる

2月15日(水)

川波のリズムにあはせ悠然と白鷺一羽対岸へ飛ぶ

郵便局も農協も銀行さへも混みあつて列につらなるもううんざりだ

「万物の自然を輔け、敢て為さず」政治の要諦、無為自然なり

鹿(ろく)(じょう)を鼻に当てて嗅ぐべからず。小さな虫が脳食むといふ

技芸のこと二段にわたり記せるはあいなき芸に辟易したるか

2月16日(木)

「萌揺月」とふ語をあたらしく知ることも会のたのしさ喧々諤々

軍港に米軍艦のすがた見えず潜水艦も一艘も見えず

例会の帰りは途中の駅で降りチーズケーキに珈琲一杯

2月17日(金)

けさもまたひよどり二羽がかけめぐるつばき花咲くパティオの繁み

相寄りてまた離れては鳴き交はしひよどり二羽のダンス・ダンス・ダンス

朝闇に繊月するどきひかりありきさらぎ半ばの今朝また冷ゆる

2月18日(土)

毛皮の襟巻をした母の憂ひ顔エゴン・シーレわかき日の絵

二十世紀初めの街を温度ある絵に描くその色彩やよし

裸婦を描き男のやうなるうしろすがたエロスよりその(いき)たくましき

2月19日(日)

木蓮の芽の毳々の先わづか乱れはじめれば春は近づく

南風つよきがゆゑに枯れ葉舞ふ落ち葉躍れり愉しきがごと

エゴン・シーレわが若き日のアイドルの一人なりその短命惜しむ

2月20日(月)

ところどころうすももいろに明けてくる空をみてゐる妻とわたくし

あけぼの杉の冬木の高き枝揺らしひよどり一羽朝のひと声

青空に雲の断片白くしてあたりは春の空気に満ちたり

日野資朝の逸話三題を並べたる兼好法師よなにによろこぶ

2月21日(火)

山の端が薄桃色に明けてくるさがみの国の朝のはじまり

今日はまた冬の空気にもどされて大山山陵くきやかにして

(かしら)赤き鴨に黄色の鴨それぞれ風に逆らひ遅々たり(のぼ)

いち早くさくら花咲く家の前 表札よめば級友の名

(えん)なるは太田未亡人か茶を喫しエロスの世界にとりこまれたり

志野焼の(つや)。『千羽鶴』一編に底流しこのエロティックなかなかのもの

2月22日(水)

夜の光と朝のひかりが交差するこの時惜しみ妻とたたずむ

建物の角を巧みに廻りこむ飛行上手の若きひよどり

己が影を追ふやうに低く飛ぶ(とんび)若き羽根色ひかりをまとふ

「争わざるを以て、天下能く争う莫し」プーチンや習近平に聞かせたき語

「死期はついでを待たず。かねて後に迫れり」兼好法師の語に得心す

2月23日(木)休日

あけぼの杉の枝に濁声に鳴くひよどりさがみの国の朝のはじまり

休日の昼の電車に揺られゆられ春のひかりと運ばれてゆく

慈しみ、(つつま)しさ、敢て天下の先にならねばこそこの世はうまく治まるといふ

新任の大臣(おとど)のうたげの故実(しる)す兼好法師はつれづれぐさに

2月24日(金)

蛇口開け湯になるまでの一分ほど家の内しづかなりただ水の音

朝はまづ食器の始末 皿、碗のふれあふ音に今朝もはじまる

朝日なくば蕭条として淋しきよあけぼの杉の枯れがれの木

戦ひの古へからの極意とは「不争の徳」なり「天に配す」

「心は事に触れて(きた)る」べし外相(げそう)背かざれば内証(ないしょう)必ず熟す

2月25日(土)

重ねたる小皿のけさの音ぞよきひむがしの空あかるむ頃に

朝に立つ食器を棚に収むる音わが手が立つる日課(ノルマ)の音なり

ひむがしの空より来たる朝のひかり町の家居の壁面照らす

梅の花はどこか平和の匂ひある紅梅、白梅咲けばうれしき

2月26日(日)

妄想に蹶起をおもふ若き日のわれにもありき青臭きころ

白木蓮花満ちて咲かむ木のもとにけはひのみにて夜の目にみえず

心処に鬱挹あれば洗ひ籠の大皿、小皿、碗が鳴りだす

椿の木に紅きつばきの花ひらく今年は殊にあまた咲き()

2月27日(月)

寒桜の(たぐひ)の花が咲きはじめあたたかくなるきさらぎ終り

毛髪のすくなき頭が痒しかゆし五指にはげしく幾度も掻きたり

友への電話に応ふ低きこゑ最後にかならず愚痴ありて終ふ

キッチンに電気釜炊く湯気濛々午後六時半空腹に鳴る

2月28日(火))

老い三人が食べ汚す皿、茶碗など洗剤まみれに湯をあびせをり

行住坐臥怠けてをればかくのごとき老いたるものがテレビ見てをり

けふもまたよき日なれども(み)の奥にわだかまりあり老いたればなほ

あわただしく出たとおもへばあわただしく帰り来るなりこよひの妻は