11月1日(火)
火曜日は空ペットボトルを袋詰めにふりまはし、音たてて放り投げたし
冬布団のぬくときところに安らぎつついく度も覚む老いのねむりは
道風の書く『和漢朗詠集』を秘蔵せる人ありにけりこのまがひもの
猫またてふ妖獣を記す兼好法師種明かしあればまあそんなものか
11月2日(水)
曜変天目茶碗のあやかしのやうなる色目夜に思ひをり
南宋の時代の茶碗のあやしさを手に取りてみたしその冷たさを
「などか頭ばかりの見えざりけん」嘘は言へぬぞ寵童とても
「吉凶は、人によりて、日によらず」兼好の言端的なりき
11月3日(木)
水分のうすれゆく葉になほすがる空蟬ありき風吹けどなほ
葉にすがり高きところに吹かれゐる蟬の抜け殻深秘じんぴ
懈怠のこころ刹那においておこり得る人間といふあやふきものは
死を憎まば、生、愛すべし存命のよろこび日々にたのしまざらん
11月4日(金)
黄、紅、茶色それぞれに変化する木々の葉うつくし時はうつろふ
腕時計を腕から外し風呂へ入るけふの縛りを解きくつろぐ
まむしにはめなもみ草を揉み付けよ兼好法師蘊蓄かたる
11月5日(土)
朝の庭の落葉、朽ち葉を拾ひゆく老いのすがたのいかにかみゆる
花水木のもみぢ葉に赤が混じる葉をひろひて心あたたかくなる
ざくろの小さき葉々も黄の色のあざやかなりき秋の午後の陽
プーチン氏よよく聞きたまへ『老子』には兵は「君子の器に非ず」
11月6日(日)
雲中に朝の太陽もぐりこむ天宇受売と戯れたるか
春の木のつばきのつぼみのふくらみを色鉛筆画にけさは写せり
11月7日(月)
大空のふかきところにわだかまる渾沌こんとん白雲うごく
九階に覘けばけやきのもみぢ葉もひかりにあかるく散り落ちてゆく
艶にをかしかりしをおもひ出で桂の木ある宿過ぎゆく
有明の月や残れる堂の廊ものがたりするをみなのありき
楠木正成はわがヒーローの一人なり心にうたふ桜井の別れ
11月8日(火)
ことしのけやきわが歌ひしが糧となり葉をあまた散らしすこやかにみゆ
ざくろの葉も黄に美しく散りゆかむ人の味する果実は稔らず
けさもまた西から東へいくつかの鳥の群れゆくさがみ川左岸
11月9日(水)
歯をみがき、顔面洗ひ、さいふ持ちさてかまくらへ仲間と会ひに
JR相模線にてのんびりといざ鎌倉へ心の師が待つ
用心深く飲み控へたるに不覚にも帰りの相模線い眠りてゐる
あたたかき心もちかへる十一月九日の夜ねむりのふかき
11月10日(木)
さくら葉の紅葉したるを蹴散らして秋盛りなり駅までの道
ホームでは伏先座位のドアの前からだすこしく壊れはじめる
行き過ぎて柊の白き花の匂ひ十一月半ば冬の香りす
11月11日(金)
あけぼのの空ほのぼのと赤らみておづおづのぼる天照らす神
信仰心われにはあらぬものなれど日々のぼる陽に心はうごく
11月12日(土)
米沢は上杉城下みちのくの寒き土地なり秋の空ならむ
わたりくるあまた白鳥の群れもある秋の木々いまだ紅き水辺に
有明の月のさやかにむつまじく女、男のものがたりする
証空上人の暴言、失態も書きしるす『徒然草』のをかしきところ
11月13日(日)
中天に朝まだ残る薄月の月人壮士なかなか去らず
秋の木はつぎつぎに葉を落としゆく地上に落つるまでたのしきか
すなほならずしてつたなきものは女なり兼好かく言ふさてさていかが
11月14日(月)
マンションの中庭をわたる朝がらす濁みたるこゑも親しきものよ
地と雲のあはひを侵すだいだい色いのちの色なれば心処熱し
双六は負けじと思ひ打つがよし身を修め、国を保たん道も然なり
双六の勝ち方を説きそのすぐ後囲碁・双六を悪事と記す
11月15日(火)
昨夜よりの風に落ちたる小さき枝あけぼの杉の葉むらを拾ふ
あけぼの杉の落ちたる一枝ことしの木のいのちを拾ふ繪に寫しゆく
大器晩成の晩とはいつを指したるかとつくに晩も越したるかなや
日暮れて途いまだ遠しわが生のすでに蹉跎たり老いとどまらず
11月16日(水)
朝空のどまん中あたりに半円のうす月残る少しく嬉し
後朝のおもひは残りの月に託す老いの恋にも未練は残る
風の呼吸はけやき朽ち葉を蝶に変へわがめぐり舞はす暫時の間
11月17日(木)
おだやかなる秋の真昼の中庭には残り寡なきけやきもみぢ葉
和歌山のみかんの皮を指に剝くこの甘やかなる香に溺れたし
太秦殿に仕へし女房「ひきさち」「ことつち」「はふはら」「をとうし」
死を軽く、なづまざることをいさぎよく思へば兼好ぼろんじ記す
11月18日(金)
一年ぶりの宿の主人の笑ひ顔 夏の白馬のみどりの翳に
川一つわたれば心の翳り失せ秋のひだまり深く息する
いつのまにか十年が経つ全歌集のたくらみあれば親しくおもふ
珍しきことを求めて、異説を好む浅才人のわれにあらずや
これもまたわれのことかも友とするにわろき者の一つ酒好む人
強梁者はまともな死を得ずこれもまた至言の一つ『老子道徳経』
11月19日(土)
多摩川を越えて「西行」に会いに行く僧円位書状闊達なる文字
東急大井町線上野毛駅小さなる駅ああ幾年ぶりか
西行、芭蕉そろそろ終の旅のゆくへ見据ゑむとするこの秋の日に
11月20日(日)
あけぼの杉の葉もすこしづつ茶に変はる庭のもみぢの真つ盛りなり
さるすべりの黄のもみぢ葉の落ちたるが風に位置変へ流されゆけり
錦秋と呼ぶにはすこしお粗末なる庭の木々しかし紅葉黄葉
11月21日(月)
ルビー色のザクロのつぶ実を卓にならべ紅桃光線 地球を救ふか
この色はしあはせの色 内部より弾けるやうなざくろ色の実
ざくろの実をほのかに笑ひうかべつつ妻はひとつぶひとつぶ外す
宮中の高級料理をあげつらふ鯉の羹、雉にかりがね
鰹喰ふは鎌倉時代のころよりか世の末なれば上ざまも喰ふ
11月22日(火)
地平にはだいだい色のあらはれて藍にあけゆく朝しづかなり
波平さんのやうなる禿頭の湧出し十一月二十二日明けてゆくなり
さみどりのあけぼの杉の葉に混じり褐色の葉の増えて揺れをり
11月23日(水)
この冷たい雨に手触れてそろそろとみたまの冬の訪れを知る
生れくる孫の性別をみな・をとこいづれか子よりクッキーの函
クッキーの函をひらけばひと目にて太郎の君の懐妊伝ふ
11月24日(木)
マンションの高みへ垂直にかけのぼるひよどり一羽ひたすら羽ぶく
褐色の色濃くなれば葉のいのちおとろへたるかあけぼの杉も
日本語圏といふ語いくたびも歌に詠み成瀬有よなにを言はむとしたる
11月25日(金)
三島・森田自裁しあれから五十二年あの日の熱のいまだも覚めず
メガネ拭きに眼鏡をぬぐひ出でゆかむまだ湿りあるあけぐれの空
ひむがしの空より明かるマンションの排水管に水ひびく朝
11月26日(土)
予報通り今日は曇りと納得しやがて雨ふれば妙にかなしく
さりとても出掛けむとして傘要らねば少しく嬉し日差しなけれど
傘しまひ駅出でくれど激しき雨ふりだせば慌て傘を取りだす
是法法師あけくれ念仏にすぐせるをいとあらまほしと兼好たたふ
11月27日(日)
あけぼの杉の褐色の葉のなほ増えて霜月最後の日曜日なり
西空につらなる山の傾りには秋の木々つぶさに朝の日に見ゆ
朝の日のまばゆきところ朝刊を脇にかかへて小走りにくる
命あるなべてに慈悲の心なくば人倫にあらずきびしき語なり
11月28日(月)
映像に九塞溝の水を観るこの静謐の青き色なり
わが家の人麻呂どんが歌ひだす曇り空なれど薄く陽させば
ダウンジャケットから羽毛を落しゆくをみなそなたはもしや鳥の化身か
11月29日(火)
暁闇はなほ信号機の点滅のまぶしくて県道55号線
駅までの道にまたもや若き娘に追ひ越されたりまあ仕方なし
からす二羽がからみ合ひつつ落下して曇天へまたひるがへり飛ぶ
11月30日(水)
朽ち葉色の葉の散り敷きて風吹けば風に片寄る右へ左へ
葉脈のくきやかにして桜もみぢ汚れありしがわが前に落つ
この葉こそわが繪に寫せさねさしさがむの古木いのちの桜