2022年9月25日(日)

山に近い墓へ行ってきた。亡き父は仏教徒ではないが、秋の彼岸ということだ。昨日か一昨日に来ようと相談していたのだが、台風15号の雨に阻まれた。木々も墓石もまだ濡れている。

石ひとつあればわが墓とおもふべし

墓に刻む文字(もんじ)に深く溜まる水二日の雨にいまだ満ちたり

この墓の石も三十余年経て霊は憑らねど古びたりけり

墓のある山にはいまだ蟬のこゑとぎれとぎれに鳴く声やまず

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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