歌一覧(2022年6月)

6月1日(水)

夏つばきの別の枝にも花ひとつ朝のひかりにいよいよ白き

午前十時ひかりのとどく喫茶店(カフェ)に急がずに読む警察ミステリ

6月2日(木)

三色の皐月つつじの花が咲く白き花、赤き花、だいだいの花

大安寺の軒瓦写す。いにしへの奈良に滅ぶる古き寺なり

6月3日(金)

白き皐月もまじへてけふの花の径さがみ川まで口笛ふいて

胸ちかくまで水に沈みて竿ながす針には鮎の銀鱗跳ぬる

鉄橋を通る電車にみおろせば釣師いくたり並び竿振る

6月4日(土)

今年また梅干し作る。竹串に青梅の(へた)跳ぬる、とばせり

鬱々とたのしまざるは偏頭痛と海彼にいまもつづく戦乱

6月5日(日)

あぢさゐの藍の花色目に(しる)くたてば六月(みなづき)梅雨近みかも

玉椿の枝をはこびてみちのくへ八百(はっぴゃく)比丘尼(びくに)の行きとどまらず

6月6日(月)

沛然たる豪雨といふはこの雨かはげしく沙羅の木の花をうつ

夏つばきの花ひとつ末枯れ落ちてゐる滅びの色こそ愛すべきなり

6月7日(火)

夏色の雨のはげしさ。人間の傲慢をうち雨猛々し

あぢさゐに夏つばき、ざくろの朱花咲けばパティオは夏をいろどりはじむ

6月8日(水)

どんよりとけさは曇りて鋏もつ右手しばしばとどこほりをり

この幹のざらつく(こはだ)けやき樹の年ふればあまた傷もあるべし

6月9日(木)

(ほつ)()には天の花咲く一つ花。清浄(しゃううじゃう)のいろ沙羅の木のはな

菩提心われにもあるか雨に立つあけぼの杉にただ手を合はす

ヰタがウィタになればなにかが変はるのか読後の印象痛快至極

6月10日(金)

青蛙のこゑも聴こゆる田村掘。水増えて淀む一処あり

草ちぎり激しき水に落としこむ水沫(みなわ)激しく目を離りゆく

友からのハガキひとひら九十七の父の死を伝へ謙抑なりき

6月11日(土)

薄墨を滲ませて六月のくもり空青蛙あまた鳴く声きこゆ

水の上の苗がひよひよ躍りだすさみどり色の稲の若苗

田植ゑどきの大谷水門の水あふれ海老名南方の田地うるほす

6月12日(日)

人の世のふかきくらやみを覗きこむ深沢七郎の小説を読む

忘失は年齢ゆゑかいくたびも読みしがやがておほかた忘る

ベランダには鳥の羽毛の落ちてゐるわが目を盗み鳩がきてゐる

6月13日(月)

シシリア島をロードサイクルに旅をする映像を見つ梅雨晴れの朝

山の上の鞍部に白き靄流れしばし滞る朝のさねさし

6月14日(火)

年老いし木のしづけさを愛すべしたとへば公園のこの葉ざくらを

青蛙のすがたみえねど鳴きやまぬふるかふらぬか境の水田(みづた)

6月15日(水)

雨音は耳殻をくすぐる六月のこまかき雨のをやみなくふる

熟したるキウイ・フルーツを半分に割ればあふるる液汁の(なめ)

6月16日(木)

爪尖は赤から黄色へのグラデーション指さす(かた)を瞬時に炎やせ

イージス艦をその指さして炎やすべし少女よ醜きものは滅ぼせ

6月17日(金)

大塩平八郎の乱の粗さゆゑか覚醒せぬ社会主義と森鷗外説く

文体の平明をこそ鷗外の歴史小説ここち良きなり

「一死、元来 論ずるに足らず」箕浦猪之吉辞世の詩なり

6月18日(土)

この鷺もいにしへを恋ふ鳥ならむ白きつばさを大きくひろげ

夏つばきの花はたちまち腐れ落つそのいくつかの花を拾へり

枝豆の頭と尻を切り落とす夏の愉楽のやうやうきたる

6月19日(日)

性のこと、そのむづかしさ。生きがたきおもひありしに、泣けてくるなり

わが家の裏のベランダに置く(なま)(ごみ)コバヘたかりて腐臭を放つ

コバヘをたたきつぶさん。逃げまどふ虫との激闘 夏がはじまる

6月20日(月)

あたらしきカップルの誕生をことほぎて酒をしつらへ盃をあぐ

さねさしさがむけふも曇天。早苗田に雨ふる日々のいまだ寡なし

水田(みづた)には鴨二羽遊ぶ。三寸余の苗のあひだを波紋ひろげて

6月21日(火)

つゆ曇りのをぐらき空に鳴くかはづいづこの蛙かくぐもり鳴ける

五寸ほどの苗田に(かはづ)の鳴く声のすがたみえねどをちこちに鳴く

出来立ての梅ジュースをためしに飲んでみる喉ごしさわやかことしの出来よし

梅ジュースが出来ればいよいよ夏がくることしの夏はいかなる夏か

6月22日(水)

朝はまづ梅果汁一杯。グラスには琥珀色した液体ゆらめく

炭酸と氷の刺激に夏の朝ジュース一杯に目がひらきゆく

6月23日(木)

雨あがりのどんみりとした空の下すずめのこゑの木立にひびく

ジーンズに紺のTシャツ。歩みとどめペットボトルを呷り息吐く

うやむやのうちにうやむやに侵されてこの社会やがて滅ぶるものか

6月24日(金)

昨夜(きそ)の雨のしたたりのこるあぢさゐの広き葉みどりさらに濃くなる

青空の色のやうなるあぢさゐと夜の深さの紫紺の紫陽花

6月25日(土)

朝の日にあけぼの杉は笑顔なり風ふけば木はけたけた笑ふ

風あれば放恣に動く柳の枝それぞれに妖怪のごとき影あり

6月26日(日)

上空は夏のま白き雲の群れじわじわ動けば猛暑日となる

まつかうからひかりと風を受けとめてあけぼの杉は威丈高なり

6月27日(月)

煙とは聞けどそれすら目に見えずめでたき君のあはれいやはて

森鷗外、多彩なる才を示したるスーパー文士惜しまれて死す

ベランダに赤、黄、みどりのTシャツが並んで激しく踊りはじめる

6月28日(火)

木立ちより朝のひかりのスペースへ若きひよどり飛翔する見ゆ

ものの腐る臭ひ充満(みち)くる夏到り蠅、コバヘ、蚯蚓親しき仲間

6月29日(水)

今朝もまたみみず(から)びて死ににけりぬたうちまはるか曲がりくねりて

完全に乾くでもなく肉色のじくじくしたる(しかばね)もあり

ダークネイビーのポーチを(あがな)ひたのしきか京都への旅がすこし近づく

6月30日(木)水無月祓

この暑さに連日みみず干乾ぶる梅漬けも乾ぶ塩梅よきか

けさもまたみみずをちこちに討ち死にすどれだけ死んでもみみず滅びず

連日の猛暑にわれも乾ぶなりみみずのごとくに討ち死にはせず

水無月の祓への日とはおもへども罪汚れこれもわが為せしもの