4月1日(金)
この国の土の下には鬼が棲む大地を揺する地獄の鬼なり
海棠の花にふる雨。しばらくは花に残りて春のきらめき
4月2日(土)
びわの木も古き葉枯らし変若る。黄の葉、朽ち葉の落ちて春なり
木蓮のむらさきの花ふきちらし春狼藉の風あばれたり
4月3日(日)
てのひらにレモン一顆の重みあり烏克蘭はいまも殲滅の嵐
染井吉野の綾なす花に溺れたしうつつはかくも理不尽なれば
4月4日(月)
川土手の染井吉野にまじりたる白き花咲く山桜よし
山桜の花の清らを愛したる妻としばしの時を過ごせり
4月5日(火)
赤芽柏の赤き葉の色に応じたるわが怒りあり心揺すぶる
あしびの花咲くころに別れたる友ありきその後ふたたび逢はず
4月6日(水)
染井吉野のはなびら游ぶ町を来て風ふけば踊るさくらはなびら
足もとにさくらはなびら落ちてくる近くに花咲く木の見えざるに
4月7日(木)
鴨二羽がかたむきかたむき泥田ゆく畦に上がりて身ぶるひしてゐる
吹雪まんぢゅうの餡子の甘さに蕩けたりほうとする軀をさくらが包む
4月8日(金)
喫茶店にしばらくものをおもはざるときあればそれも愉楽のひとつ
珈琲を喫みつつ人を殺し合ふミステリーに嘆ずいくたびも閉づ
4月9日(土)
朝の日に木の芽吹きありうるはしくそばにきてゐる春のやさしさ
あけぼの杉の枝さきに小さな芽の出づる庭の木うすきみどりにけぶる
4月10日(日)
海棠の花咲くときに遅速あり西の木はすでに花に満ちたり
東の木の花はちょぼちょぼ海棠の見まく欲りする春はいまだし
混迷の世に指し示す人類の自由をまもるひかりの思索
4月11日(月)
青空に軽く一刷毛の春の雲
ベランダの幸福の木のぶ厚き葉。春のひかりをたつぷりと吸ふ
足もとに蟻をみつけて踏まぬやう足運びをり老いには難儀
4月12日(火)
春の葉の紅要黐の赤き色もつと怒れよまつ赤に燃えて
逸早きつつじの花の白き色はなびら透けて春の妖精
4月13日(水)
車前草に草ずまふ取る。妻に負け飴つぶ三つ奪ひ取られつ
妖霊星見ばやとおもふプーチンを滅ぼさむとする星の怒りを
4月14日(木)
雨を含む雲うすぐらく侵しくる四月半ばのさがみの空を
ぽつりぽつり赤きつつじの花も咲き気狂ふによき季節きたるべし
4月15日(金)
初つばめ来てゆれやすきわが町にこころ踊りの春もあるべし
木蓮の葉のうすみどり春雨に濡れて一木のけぶり立つなり
4月16日(土)
なんだらうこの疲弊感うたの評たつた二十分ほど話せるのみに
公園のさみどり色のけやき若葉ささやくやうにしばし揺れをり
4月17日(日)
燈明に火ともし供華にはなやげる父の墓にも春雨のふる
うぐひすの稚きこゑのひびきあり墓苑のめぐり春の山色
4月18日(月)
あらまほしとおもふいくたり桜木の花のふぶきに立たせてみたき
くもり日の朝のこころの澱みにも花水木の白き花ひらきをり
4月19日(火)
猿沢の池に棲む亀鳴きはじめそらみつ大和の国おおさはぎ
蝶二頭からみあひつつとぶ態を卍巴飛翔と呼ぶ。やみくもの恋
4月20日(水)
廊下から雨のにほひがしのびよる四月二十日の朝の寝床に
あらためてふとんを直しぬくもりにしばしとどまる寒き朝なり
4月21日(木)
米軍横須賀基地の裏山につらなるごとき藤のむらさき
春山をいくつも抜けて横須賀へ曇り空なる基地の街へ
4月22日(金)
天には父の笑ひ顔 地には怒りの父の顔 ああ父死して三十三年
日なたゆくわれに並びて日かげゆく父ありあの頃の父の顔して
4月23日(土)
はやばやとつつじ花咲く淡紅の透けたる花のたをやかにして
うす紅のつつじの花に老いの軀を寄せて手づからその花を摘む
4月24日(日)
蜜吸へばはたらき蜂の一匹に変身したり背の翅ひらく
まづ向かふ藤の花むら翅音をひそかに立てて花に近づく
4月25日(月)
春霧に周囲見えざる幾許かもの音もなくここは仙境
人の死にいくどもつまづき本閉ぢて瞑目しまた頁をひらく
4月26日(火)
キッチンの床にころがる南瓜、胡瓜 深夜の宴に踊りはじめる
葱とセロリからみ合ひつつくらやみに床を共にするかすかなる音
4月27日(水)
空也上人の口より出づる六体のほとけさまわれを赦したまへな
わがめぐりを執拗に翔ぶ黄あげは蝶わがなす悪をとがめて翔ぶか
4月28日(木)
葉に走る葉脈あやなす線を描きいのちはぐくむ春のみどり
複雑なる径路を走る葉脈のゆくへをたどるいのちのみちを
4月29日(金)
かなしみはふかきところへしづみゆくむすめのゑがほにまづは乾杯
焼きキャベツを肴にさかづき苦きかなむすめとむすめの思ひ人をまへに
4月30日(土)
好奇心は老いのこころをゆさぶりて深夜まで読むこのミステリイ
日々踏みて色の褪せたるリビングの絨毯あたらしくなる毛足もふかく
二十年この絨毯の上にすごす汗も涙もしたたり滲む