歌一覧(2022年2月)

2月1日(火)

空の(はて)にうすもも色を暮れのこし一月尽のひと日を(しま)

とりわきてへんてつもなく昨日よりけふへ二月の青き空くる

2月2日(水)

れんこんの如くつながりJR相模線四輛がたがたごとごと

冬の田の刈れ藁に飛ぶ鶺鴒にひかりあまねし游ぶがごとく

2月3日(木)

冬木々の森のあひだをかけぬける時間の鳥の朝の一声

台北の昔に遊ぶ子どもらを惑はす歩道橋のうへの魔術師

二月三日節分の夜は鬼やらひ福豆六十六粒喰らふ

2月4日(金)

植木屋の鋏が入り庭木々の枝の切り口ひかりするどし

しづかなる時の流れに鴨どりの群がるごとしひろがるごとし

2月5日(土)

火喰鳥のかたちの雲が迫りくる冬空高く奇怪(きつくわい)きっくゎい

玉ゆらのスノーボールの街のなか死者住むところか雪ふりつづく

ニューヨークのビルが逆さにころがりて阿鼻叫喚のごときが聞こゆ

2月6日(日)

冬の朝はげしく羽をはばたかせひかりをまとふてすずめ翔びたつ

『少年伝』下村光男死すと聞くああ百済よりはがき一枚

『少年伝』好きですと告げればはにかみてことばすくなにわがまへを去る

2月7日(月)

夜の灯を消せばとつぜんうしなへる方位感これも老いの(しるし)

倒れ込み妻の寝床にのしかかる妻は動ぜずそのままゐねぶる

こきざみにさざ波立てる冬川の流れに群れて鴨どち騒ぐ

2月8日(火)

滅びゆく武田一族のなれの果て卑怯・鄙劣の(さが)あはれなり

いつのまにか人穴(マンホール)(ふた)にところ得て爪草のみどり凹みを満たす

2月9日(水)

五、六羽を翔たせてひびく森深くいにしへ飛鳥の古墳へいそぐ

帯状につらなるながくうすき雲はかなきものはやがて消えゆく

2月10日(木)

なすところもなくて暮れゆく寒き日にこゆきをさぐりてのひらひらく

起き抜けに蛇口開けばきさらぎの水ひえびえとてのひらを打つ

2月11日(金)

あしがりの箱根は雪と伝へくるテレビ画面の内なる芦ノ湖

海賊船に雪ふりつもり霞みたる芦ノ湖あたり人かげ見えず

大山を北へつらなり複雑なる山なみおほよそ雪被りをり

2月12日(土)

C級のトマト目当てに丘陵をドライブしたり白富士見えて

沙羅の木の枝にしろがねの芽の尖るいつのまにやら春が近づく

2月13日(日)

臘梅の花にうつろふ寒き雨黄の花色のけぶれるごとし

湯たんぽを腹にかかへて日をすごすむらぎもかくもおとろへたるか

2月14日(月)

昨夜(きそ)の雨にたつぷり濡れて沙羅の幹なまめかしきよ女体のごとし

見はるかす丹沢山塊雪白くはだらに積もればなにかたのしき

2月15日(火)

山の端にしづかに滲むあかね色やがてむらさきに暮れてゆくなり

人麻呂の恋のこころにわがこころさゐさゐとしてしづまらざりき

2月16日(水)

くすの葉は若みどり色につやつやしきひかりまとふて春の色合ひ

けやき樹は枝岐れして天を衝く冬の木なればひかりするどし

2月17日(木)

さがみ野の広き空ここに暮れてゆくダークブルーに色変化(へんげ)して

暮れゆくに凝つと動かぬ白き雲タワーマンションの上なる空に

2月18日(金)

橋上を保育園児が歩きくる頬あからめて笑ひをうかべ

おはやうと声をかければおはやうと反すこゑあり大きな声ごゑ

2月19日(土)

妻の、はだかの背中にふれてゆくやわしぬくとし妻の背中に

大人の顔を()つと()めつける子どもがゐるわが()姿()を見て表情こはし

2月20日(日)

()の子ばかりの保育園児がすぎてゆく橋上を不穏なり幼児の一団

挨拶も声にしがたく不穏なり()の子ばかりのこの不自然さ

妖精はあそこににもここにもゐるものを曇天なれば木々に隠れり

2月21日(月)

薄氷はりたるあさき水たまりぱりんばりりん靴にふみ()

鴨どちは小さき声に鳴きかはし川のながれを右す左す

隊列をときに乱して泳ぎくるカルガモ小さき声に鳴きつつ

2月22日(火)

わが腹に怠惰の蟲がうずくまる今日できることは明日でもできる

街中は凸凹だらけに難渋す老い病む足にはたやすくあらず

2月23日(水)休日

古への祈りの峯をはひのぼり岩壁をわがたましひの飛ぶ

もう死んでしまつてゐるのか喪心の時あればしばしの記憶失ふ

2月24日(木)

鴨の群れにかいつぶり雑り水潜るしばしの後に陣外に浮く

鴨の群れの一羽に視線をさだめたり陣の()に拠る小さき鴨に

2月25日(金)

濃密なる小説世界を脱けだせずもんもんと朝のふとんにもぐる

空中を小さな蟲が浮遊する老いに枯れたるわれをもめぐる

2月26日(土)

野菜、ハムこまかく刻み炒め喰ふあはれいのちあれば今日も昼喰ふ

あかあかと燃えて日輪のぼりゆくたまきはる茂吉死にしは昨日

2月27日(日)

昨夜の残りの鍋をあたためるカレーの香りは家族を覚ます

いくたびも夜の目覚めに夢、悪夢どきどきとして冷水を欲る

もんもんとねむれぬ夜にくりかへす老いの厄介鎮まりがたし

2月28日(月)

タンバリン、たたきたたきて野をめぐるうれしさはわが心をどらす

おどろきの認知はこころ波立たせ熟睡(うまい)を奪ひいくたびも覚む