2025年2月19日(水)

寒い、寒いが、晴れ。

梅崎春生『十一郎会事件 梅崎春生ミステリ短編集』を読む。基本的に戦争から帰ってきた者が中心になるミステリというか不気味な物語が続き、息をもつげぬおもしろさがある。その技巧的な文体がうれしい。梅崎春生も復員兵であった。

  恋闕はあはれを誘ふ京三条高山彦九郎宮城に向かふ

  いつのまにか伴林光平に化身して『南山踏雲録』書きてゐしなり

  南山を越えむとしたる天誅組維新のさきがけかなしきものぞ

『論語』衞靈公二六 孔子曰く、「吾は猶ほ史の文を闕き、馬ある者は人に借してこれに乗らしむるに及べり。今は則ち亡きかな。」

記録者が慎重で疑わしいことは書かずにあけておき、馬を持つ者が人に貸して乗せてやるというのが、まだわたしの若いころにはあった。今ではもうなくなってしまった。

一種の懐旧譚だろうか。

  昔は馬あるものはそれを貸し記録に収めず今はなかりし

『古事記歌謡』蓮田善明訳 六三 クチヒメ

クチコノ臣が、(六二)の歌を申し上げるその折は、大雨であった。その雨も避けず殿前に平伏すると、皇后は裏戸の方に出て、後に廻れば出てくるのであった。匍い廻って、庭の中にひざまずいている時に、庭の水溜りが腰までも深く、クチコノ臣は赤い紐をつけた青摺の衣服を着けていたので、その水溜りの水が赤紐に触れて、青色もみな赤く染まってしまった。クチコノ臣の妹のクチヒメは皇后にお仕えしていたが、これを見て歌う、

山城の 綴喜(つつき)の宮に        皇后さまに申し上げます
もの申す あが(せ)の君は      わたしの兄の有様は
涙ぐましも            涙なしでは見れませぬ

  クチノコノ命はわが兄その有様涙なしには見ることできず

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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