2025年2月18日(火)

雲だらけだが、日がさしてくる。

  ある時はクサヤのごとき老母なり臭ひふりまき廊下を歩く

  肋骨あらはにむきだしシャツを着る恥ずかしき思ひもすでにあらず

  三度目の悪性リンパ腫質悪し二度と直らぬ不具合ばかり

『論語』衞靈公二五 孔子曰く、「吾の人に於けるや、誰をか毀り誰をか誉めん。如し誉むる所の者あらば、其れ試みる所あり。斯の民や、三代の直道にして行ふ所以なり。

人に対して、誰でもむやみに毀ったりほめたりはしない。もしほめることがあれば、はっきり試した上でのことだ。今の人民も(夏・殷・周)三代の盛時にまっすぐな道に従って行っていた人々と同じだ。(軽々しく毀誉をはさむことはできない。

  誰をしも毀誉の差つけることはせず今の民でも直道に行ふ

『古事記歌謡』蓮田善明訳 六二 仁徳天皇

また、

つぎねふ 山城女(やましろめ)の        山城女が鍬持って
小鍬(こくは)持ち 打ちし大根(おほね)       掘った大根の根のように
(ね)(じろ)の (しろ)(ただむき)          白いそなたの(かいな)取り
(ま)かずけばこそ          抱いたこともなかったら
知らずとも言はめ         いまさら知らぬと言えもしよ

  そなたのことを抱いたこともなかったら愛しているなどなどと言はざるものを

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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