2025年1月30日(木)

今日また晴れ。しかし寒い。

メメント・モリ

  すべからく曖昧になり死にむかふ骨と皮のみぬけがらの死か

  それとも死の間際まで明晰でありつつ肉体滅びゆくかも

  おそらくはあれもこれも渾沌とからだの滅びとらへがたなし

『論語』衞靈公六 子張、行はれんことを問ふ。孔子曰く、「言 忠信、行 篤敬なれば、蛮貊の邦と雖ども行なはれん。言 忠信ならず、行 篤敬ならざれば、州里と雖ども行なはれんや。立ちては則ち其の前に参ずるを見、輿に在りては則ち衡に倚るを見る。夫れ然る後に行はれん。」子張、「諸れを紳に書す。」

  行なうといふことの難しさを子張に答ふ言忠信、行篤敬がたいせつならむ

『古事記歌謡』蓮田善明訳 四三 応神天皇
ヤガハエヒメに杯を奉らせ、天皇は杯を捧げさせたままで、歌を詠んだ。
この蟹や 何処(いづく)の蟹        やれ蟹よ そなたはどこの蟹である
(もも)(づた)ふ (つぬ)鹿(が)の蟹        わたしははるばる(こし)(ぐに)の 敦賀の蟹でございます。
横去らふ 何処に至る       横ばいしながらどこに行く
伊知遅(いちぢ)島 (み)島に着き       伊地遅島から美島にと 着けば疲れて息苦し
(みほ)(どり)の (かづ)き息づき        ちょいと休みは琵琶の湖 水を潜って浮び出て
しなだゆふ 佐佐那(ささな)(み)(ぢ)を     (にお)が吐息をつくように 息を休めて近江路の
すくすくと わが(い)ませばや    坂をせっせとやって来りゃ
木幡の道に (あ)はしし嬢子(をとめ)     木幡の村にかかる時 会ったおとめの美しさ
後姿(うしろで)は 小楯(をだて)ろかも        後姿は楯の様で すらりと伸びて 出そろった
歯並(はなみ)は (しひ)(ひし)なす         歯並は椎か菱の実か
(いちひ)(ゐ)の 丸邇(わに)(さ)(に)を       顔には丸邇坂のよい土を
初土(はつに)は 膚赤らけみ        上土は少し赤すぎる
庭土(しはに)は (に)(ぐろ)きゆゑ        下土はちょいと黒いので
(みつ)(ぐり)の その中つ(に)を       栗の三つのその中に 中の土をば採ってきて
(かぶ)つく 真日には当てず      日にも当てない(ま)(びたい)
眉画(まよが)き (こ)(か)(た)れ       濃くまゆずみを引いている
遇はしし(をみな)            おとめに会った昨日から
かもがと わが見し子ら      ああもしようかあのおとめ
かくもがと あが見し子に   こうもしようかこのむすめ 思い続けたおとめ子に
うたけだに 向ひ(を)るかも     あゝ目の前で杯を とらせて酒を酌むことよ
い添ひ居るかも          間近に添うていることよ

かくてお婚しになって、産んだ子が、さきに述べたウジノ若郎子であった。

  美しきをとめごと杯をかはして添ひねるを思ひ続けしスメラミコトは

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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