2025年1月27日(月)

いつまでも三日月のような月が残り、寒い。

鳥三態

  ひよどりのつがひうるさく鳴き交はし枝から枝を移りゆくなり

  低き木から電線に飛ぶ寒雀ふっくらふくれうまさうに見ゆ

  朝けからからすは何鳴くかあおと呼ぶは仲間か知れず

『論語』衞靈公三 孔子曰く、「(し)や、(なんじ)(わ)れを以て多く学びてこれを識る者と為すか。」賜対へて曰く、「然り、非なるか。」孔子曰く、「非なり。(わよ)れは一これを貫く。」

今一つ分かりにくいが、あれこれのもの識りよりも、「一」を貫くことの方が大事だということか。

  多くを学び知者となるより一以てこれを貫くことこそ肝要

『古事記歌謡』蓮田善明訳 四〇 神功皇后
この御酒(みき)は わが御酒ならず  太子(みこ)に捧げるこの御酒は 

わたしの造った御酒でなく
(くし)の神 常世に坐す      常世の国に永久(とこしえ)
(いは)立たす 少名(すくなな)御神(みかみ)の     坐す少名の酒神の
神寿(かむほぎ)ぎ 寿ぎ狂ほし      祝いて狂うて酒つくり
(とよ)寿(ほ)ぎ 寿ぎ(もとほ)し       祝い廻って酒つくり
(まつ)り来し 御酒ぞ       (まつ)り持て来た神の酒
(あ)さず(を)せ ささ       重ね(ほ)せ乾せ神の酒

  この御酒は少名御神の神寿ぎ豊寿ぎ献り来し神の酒なり(あ)さず飲め、さあ

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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