2025年1月23日(木)

晴れてます。

宇野千代『青山二郎の話・小林秀雄の話』。中央文庫による新編集である。青山二郎については、このグループの中心人物と思われつつ、その正体をあまり知らなかったので、この小説ともエッセイともいえる宇野千代の文章がなるほどと思わせ、おもしろかった。しかし、時代が違うものの、私がその仲間に入ることは、到底無理だろうし、仲間になりたくもない。

  走湯山伊豆権現へかけのぼるその力疾うに失はれたり

  初島も近くに見えて便船に揺られて熱海にかよふ者あり

  右大将実朝もよろこぶ時やある月煌々と海しづかなり

『論語』憲問四五 原壌、夷して俟つ。孔子曰く、「幼にして孫弟ならず、長じて述ぶること無く、老いて死せず。是れを賊と為す。」杖を以て其の脛を叩つ。
孔子のふるなじみでろくでなしの原壌が立膝で坐って待っていた。孔子は、幼い時はへりくだらず、大きくなってもこれというほどのこともなく、年よりまで生きても死にもしない。こんなのが人を害する賊なのだ。といって杖でその脛をたたいた。

  原壌はそれほどにるくでもない奴か孔子珍しくきびしき扱ひ

『古事記歌謡』蓮田善明訳三六 ヤマトタケルノ命の后や子どもたち
(あさ)小竹原(じぬはら) 腰(なづ)む      (あさ)小竹原(しのはら)に行き悩み
空は行かず 足よ行くな   空行くどころか 足までも

ヤマトタケルノ命の魂は、大きな白い鳥となって空に舞い上がり、浜に向かって飛び去った。

  篠竹の切株に傷つけられても大きな白き鳥を追ひたる

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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