曇りから晴れへ。
堀田善衞『定家明月記私抄続編』読了。正編に次いで楽しいが、定家の周辺は散々の様子。承久の変があり、後鳥羽院はじめ、順徳院、土御門院も流され、和歌の文化の危機。京は盗賊だらけ、定家邸も危なかった。ぞくぞく、わくわくである。引用してあるいくつかの短歌を引いておく。
・うばたまの闇のくらきに天雲の八重雲がくれ雁ぞ鳴くなる
これは実朝の歌。
・大空は梅の匂ひにかすみつつくもりもはてぬ春の夜の月
・霜まよふ空にしをれし雁が音のかへるつばさに春雨ぞ降る
・春の夜の夢の浮橋とだえして嶺に別るる横雲の空
・かきやりしその黒髪の筋ごとにうち臥す程は面影ぞたつ
・かざし折る道行びとの袂まで桜に匂ふきさらぎの空
・道のべの野原の柳したもえぬあはれ歎きの煙くらべに
・ありてうきいのちばかりは長月の月のこよひととふ人もなし
・行末の月と花とになさけありて此比よりは人やしのばん
次の二首は慈円の歌だが、
・くだりはつる世の行末はならひ也のぼらばみねに月もすみなん
・はてて又はじまる世とや照らすらんさらばたのもし秋の夜の月
次の三首は、後鳥羽院の歌、隠岐に流された後の歌。
・奥山のおどろが下もふみ分けて道ある世ぞと人に知らせむ
・あはれなり世をうみ渡る浦人のほのかにともすおきのかがり火
・墨染めの袖に情けを懸よかし涙計りにくちもこそすれ
ここからはまた定家の歌、
・年月も移りにけりな柳かげ水行河のすゑの世の春
・里はあれぬ庭の桜もふりはててたそがれ時を問人もなし
・まどろめばいやはかなかる夢の中に身は幾世とて覚ぬなげきぞ
・おもかげのひかふる方にかへり見るみやこの山は月繊くして
・しらざりき山よりたかきよはひまで春の霞の立つを見んとも
・今も唯月の都はよそなれど猶かげかくす秋ぞかなしき
・あけぬ夜のわが身のやみぞはてもなき御嵩の山に月は出づれど
・有りへてはうきふしまちの月なれやふくるわが夜になげきそゑつつ
仁治二年八月廿日、出家して明静と号した藤原定家は八十歳で生涯を閉じた。父俊成には及ばぬものの長寿間違いなし。
藤原定家八十年をことほぐべしあはれ父には及ばざれども
春の夜の夢の浮橋をわたりゆくこの世に未練などつゆほどもなし
定家卿をおもへば貴族の生きにくさ八十歳はいふこともなし
本日は、『定家明月記私抄続編』に載る歌を引いたので長くなった。『論語』『正徹物語』
『伊勢物語』はお休みである。