朝は寒かったが、空は晴れていて、そのままつづく。リハビリがあって塗絵をもらう。「こんてぬうあ」の発送をほぼ終わる。
この扉のむかふにひろがるみどりの国若みどり濃みどりとりどりのみどり
若みどりの葉を茂らせて並木なす道を歩めりまほろばの国へ
仏像の金箔まだらが曼陀羅のやうな円陣に迷ひ入りたり
『論語』述而二三 孔子が言う。「二、三子、我れを以て隠せりと為すか。吾れは爾に隠しこと無し。」「私はどんなことでも諸君とともにする。これが丘(孔子)なのだ。」
われ常に皆といっしょにことを為すこれが丘なり何も隠さず
『正徹物語』131 三体の中でも、慈鎮和尚こと慈円の「ねぬにめざむる」が優れた歌である。まず「ねぬにめざめる」というのは、たとえば、宵の口に寝ないでいたところ、郭公が鳴いたのを聞けば「おお」と言ってはっとするものなので、なるほど寝入っていないのにはっと驚くのが目覚めるということだ。これを理解できない人が、「寝てもいないのにどうして目覚めることができようか」など言うことはもっともだが、それは言うに足らない。但し、この句は卓越して深いが、名人ならば思いつくことがあるかも知れない。しかし思いついても、上句には「夕されの雲のはたてを眺めて」、あるいは「宵のまに月をみて」と詠むにちがいない。それなのに「まこもかる美豆の御牧の夕まぐれ」とあるのは、およそ人智を過ぎていて、理屈をも超えた深さは、まったくどうにもできない。このように上句下句で隔絶した内容を取り合わせているのは、歌人として自由自在の段階に達した上での所業だ。
寝ぬに目覚める老いのねむりありここは牧場の夕まぐれにて
『伊勢物語』八十一段 さる左大臣(源融)は、鴨川のほとり六条あたりに趣向をこらした邸をもっていた。庭園は、陸奥の塩竈の景色を模し、難波から運んだ海水に塩を焼く煙までたちのぼらせた。
十月のすえごろ、菊の花はさかり、かえでは紅葉していた。左大臣は、親王たちを招き宴を催した。一晩中、管弦を愉しんだ。夜があけてくるころ、邸の風情をたたえ、歌を詠んだ。いあわせた「かたゐ翁(業平であろう)」は板敷の縁の下あたりで、身を低くしていた。皆が詠みおえると、翁は、
・塩竃にいつか来にけむ朝なぎに釣する舟はここによらなむ
と詠んだ。陸奥の国には、たいそう興趣の深い場所が多い。だからこそ翁は、左大臣邸をほめたたえ、「塩竃にいつか来にけむ」と詠んだのである。
歳老いても業平はなりひら上手なり邸をたたへ歌を詠みけり