晴れ。
髪の毛の少し伸びたる分のみを刈り上ぐる妻の手技そこそこ
一ケ月かニケ月目になる散髪の日妻がやさしく刈り上げくれる
床屋の主はわが妻にして刈り上げるこのよろこびは外には告げず
『論語』憲問二二 陳成子、簡公を弑す。孔子、沐浴して朝し、哀公に告げて曰く、
「陳公、其の君を弑す。請ふ、これを討たん。」公(哀公)曰く「夫の三子(魯の実力者、孟孫・叔孫・季孫の三家)に告げよ。」孔子曰く「吾れ大夫の後に従えるを以て、敢て告げずんばあらざるなり。君の曰く、夫の三子に告げよと。三子に之きて告ぐ。可かず。孔子曰く「吾れ大夫の後に従えるを以て、敢て告げずんばあらざるなり。」
哀公の力は衰えていて、孟孫・叔孫・季孫はちょうど斉の陳公の立場にあった。孔子は大夫としての責務からのことである。話してももむだとは思われていただろう。
陳成子が簡公を弑すとき孔子討たんといへどむだなる
『古事記歌謡』蓮田善明訳 一一 カムヤマトイワレビコノ命
「もしわたしの歌を聞いたならば、いっせいに立って、切り殺せ」とお含めになった。その、土賊を討つ合図に歌った歌、
忍坂の 大室屋に 忍坂に名ある大室屋
人多に 来入り居り 土賊多く来おるとも
人多に 入り居りとも 土賊多くおるとても
みつみつし 久米の子が 若々しい久米の子が
頭椎 石椎もち 柄の大きいその太刀で 石拵えのその太刀で
撃ちてしやまむ 撃つに手間暇いるものか
みつみつし 久米の子らが 若々しい久米の子が
頭椎 石椎もち 柄の大きいその太刀で 石拵えのその太刀で
今撃たば 良らし 今撃て 今こそ良い時じゃ
こう歌い、刀を抜きつれて、いっせいに土賊どもを撃ち殺してしまった。
忍坂の大室屋に土賊多におる久米の子らいつせいに撃ち殺すべし
「さねさし歌日録」パートⅡは、ちょうど一年、二〇〇頁。よく書いたものだ。能登の震災から丸一年、今回も入院したり、脳に出血があったりしたけれども、歌集が賞を受けたり、まあまあの年でありました。 来年は、パートⅢになります。以前に変わらずよろしくお願いします。