2024年1月19日(金)

曇りと言っていたが暖かな日である。

  リビングの椅子に座りて足もとにとどく日の影踏みしめてゐる

  われもまた侘人ならむ閑居してしづかに過す足弱にして

  わが眼鏡かつてにがさごそうごくらし昨夜の場所と置き場所違ふ

『論語』八佾二三 孔子先生が魯の楽官長に語った。「楽は其れ知るべきのみ。始めて(な)すに翕如(集まる)たり。」それを放つと「純如(調和する)たり、皦如(はっきりして)たり、繹如(ずっと続く)たり、以て成る。」

  楽を語る孔子先生たのしげなり翕如(きゅうじょ)純如(じゅんじょ)皦如(きょうじょ)繹如(えきじょ)そして成る 字余り

『正徹物語』23 古今和歌集の歌は、表現が古めかしい。本歌として役立つのは業平、伊勢、小町、躬恒、貫之、遍照などであろう。古今集で本歌として適したのは二百四、五十首を超えることはない。正徹は、古今集をあまり高くかっていない。

  正徹は古今和歌集を本歌として数を限りてあまり評せず

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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