2022年9月20日(火)

台風14号が温帯低気圧になり、それが私が住むあたりにもいたずらをして、灰色の雲や黒い雲が、たびたび雨を降らす。南風もなかなか止まない。

さねさしさがむを覆ふ雲のかたち龍の頭が群れなして来る

群れなすは龍の頭のごとき雲灰白色に尻尾はあらず

台風の雨にふられてあらたしきみどり清しきあけぼの杉なり

そういえばこのブログをはじめた頃、むすこから「さねさし」って何と聞かれたことがあった。一度そのことを書かねばと思いつつ、忘れていた。古事記のヤマトタケルの東征神話に出てくる「さねさしさがむの小野に燃ゆる火の火中(ほなか)に立ちて問ひし君はも」が典拠なのだが、「相模」にかかる枕詞としか分からない。辞書には語義、かかりかた未詳とあり、語源に諸説あるが定まっていない。ということでなかなか書きにくかった。

そこに最近、近藤健二という学者が『日本語の起源―ヤマトコトバをめぐる語源学』(ちくま新書)に古代中国語に日本語の古層を求める説があらわれた。古代中国語を参照すると「サガム/サガミ」も「サネサシ」も阻む、険しい、峻険である、歩みを妨げるというような漢字が基になっていて、「相模国には広い平野がありましたが、駿河国からそこへ行くには国境付近の難所を越えねばなりませんでした。サネサシはそういう地勢を表す言葉であったと思われます」と説いた。真偽はなんとも言えませんが、気になる説ではある。

サネサシは箱根の嶮のけはしさを表はすことばかサネサシサガム

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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