7月9日(日)
この薬飲まねばならぬたとへば血液さらさらになる薬など
納豆と相性あはぬ昔の薬剤いまは納豆を思うさま喰ふ
約束のときに約束のくすりを持ちはこぶ看護師いれば安からなくに
7月10日(月)
われもまた悪鬼のひとり。病院の鏡に写る病む一人なり
5Fの窓をひそかに渡りゆく紋白蝶。田の上をゆく、早苗田のうへ
病院の窓を雲雀がかけ昇るたつた一羽が空かけ上がる
7月11日(火)
しらさぎの一羽がひかりきらめかせ降りくるなり田の水のうへ
この空をわがものとして翔びきたる白鷺二羽みゆ五階の窓より
雲の間に覗く青空。この色のまほらを遠くゆきたしわれも
7月12日(水)
あけぼの杉のみどりの色のあかるくて病態われにしばしそばだつ
ときの間を晴れてよろこぶ妻のこゑこの声をこそ聴くべきものを
珈琲を冷たくひやし飲むことのよろこびあればわれもはなやぐ
7月13日(木)
さねさし曇天をとぶ揚雲雀高みをゆきて鳴きごゑ響く
口から六体ちいさき阿弥陀吐きだして空也上人愛すべきなり
鳴きながらひむがしへ赴くからす三羽えさ場へ急ぐ苗田の水に
7月14日(金)
梅雨空のけふは晴れたり。この空の下にこそわが幸せありき
あげひばり 病室の窓をたかく飛ぶ ちいさき鳥よ 生きて、鳴きをり
ペットボトルを買ひに自動販売機までようよう歩きようよう買ひたり
7月15日(土)
七重の塔の礎石の丘に立ち見晴るかす領地えびな見渡す
ここをゆく海老名田んぼの畦をゆくさねさしさがむここの苗田を
少しづつ右足側のリハビリをくり返すなかなか歩けぬこの足
7月16日(日)
新美南吉の「赤とんぼ」の詩を口ずさむ赤とんぼの目玉さびしく空へ
宇治の地へまたも訪れ茶を贖ふむすめよこよひは緑茶にやすらぐ
ようように本読みすすむ一冊は『大塩平八郎』、そして『むずかしい天皇制』を
7月17日(月)
リモコンを押せば番組かわりゆく東大寺三月堂、その仏像たち
膣形の雲が陰毛したがへて空に浮く奇妙な日々のはじまり
むすめがくると空気が泳ぐ。EUの国々をゆく恐れ気もなく
7月18日(火)
京・仙太郎の最中に餡子たっぷりと詰めて食べしこの甘きもの
お~いお茶飲むときもつともやすらぎて深く飲みほす至福の時なり
お~いお茶は静岡のもの川柳の二首が記され楽しきろかも
天皇制なにゆゑ滅びぬこの不思議問ひつづけるよりわれにはなきか
7月19日(水)
そこここに蚯蚓討ち死にす。天保八年一月十九日大塩平八郎の乱
四海こんきういたし候ハバ打ち壊ししかなからむよ大筒を撃つ
なんとなく大塩平八郎に親しみの起こるかその無謀さを愛す
7月20日(木)
幕府を震撼させたる大塩平八郎。大筒は天満を縦横に走る
大阪より江戸幕府こそ撃ちたるや建議書いつたいいづこに届く
義を掲げて蹶起せりけり。大塩平八郎檄文を書き、あまた刷りにけり
一月余を身を隠したり平八郎江戸の様子を探らんと生く
7月21日(金)
曇り空に暑き空気の来たりけり灰色の雲がわれを圧する
木の影を日の斑のごとくしたがへて急ぎ足に赴く青空のもとへ
天皇制の神聖性を虚構せし日本近代滅びざりけり
7月22日(土)
息子も、妻も熱がある千葉から海老名へコロナが飛ぶか
老人のこころに潜む汚れしもの唾棄すべきなれどわがものなりき
存在の危ふきものかおしやべりも歩行もままならずわれはなにもの
7月23日(日)
この空を夢のごとくに飛びゆけり何鳥かしらずただかしましく
どこまでも青き空ひろがる。みはるかす ああこの空のまばゆきばかり
くらがりを廊下をまがるその奥に戦争がたつ。まぎれようなく
7月24日(月)
薬剤をよろよよろとして咽喉のざらつけばこれぞ生きているあかしなり
もう一錠づつしかない。これを越せば薬剤なくなる危機間近なり
二足歩行のしんどさよかくよろけ朝日のあたる木々にたよりゆく
ごみ捨て場へ段ボールすてにきふは行く段ボールは腕にあふれるごとし
7月25日(火)
恋ごころ繁みこちたみあたらしき人ありにけりわが恋しけり
コロナ禍に罹りたるか咽頭の狭く苦しきとき過ぎにけり
ひばりらしき高飛ぶ鳥の声ぞしてえびな田んぼの青く直ぐたつ
7月26日(水)
春の日に途方に暮れて立つくす二、三分咲きの花のもとにて
コロナ禍に罹りくるしむ妻の軀を真摯に娘は看病したり
大江健三郎が柱にしたる國男、藤村、篤胤いづれも田舎びとなり
藤村の『夜明け前』読みしは幾年まへ圧倒的なる青山半蔵
7月27日(木)
腰高に拾ふは沙羅の花にして浄らなる白、天上の花
老いた日にしづかに私は歩くだらうこのうつくしき道のゆくまま
野菜黒酢、鶏肉黒酢似たやうなる味覚たのしむ甘やかなりし
7月28日(金)
野の道を歩くといふこと憧れや幻想消へてもなほあるきつづける
淋しさや苦さをともになほ歩む野の道のうへひたすらにゆく
あはれなる夢の爺さん。酔ひさめても夢をみてゐる路傍に坐る
7月29日(土)
昭和戦前、政党政治が最後になる五・一五事件の首相暗殺
殺されし犬養毅の「話せばわかる」、「問答無用」は首謀者の語
結局は死刑者出でず。おほかたの被告は刑を減じられたり
生きのびて戦争・戦後の世の中をただいつしんに三上卓ゆく
7月30日(日)
鼻提灯しづかに破れ目覚めたり。マスクのうちときに塩つぽくなる
コロナに罹りけふで五日目。咽喉深くまだがざがざの取れることなく
熱はもう早くに去りて、ただ発話と歩くことのみいまもままならず
このからだ溶けて宇宙の声となりいちめんかがやき歓喜に抱かる
乾坤のひかりに溶けてよろこびの胸に抱かれるこの詩を愛す
7月31日(月)
いづこかにどくだみの花のにほふとき悪意ありけり男とをみな
なかなかに足もと不如意。わがからだ悪性リンパ腫にコロナ重なる
昔男のものがたり読むもののふの八十氏川にいさよふ流れ
宇治川の流れぞはやきこの橋に投げ節つぶやく翁ありけり