歌一覧(2023年12月)

12月1日(金)

暁闇に月残るはずが雲の内ほの明こうしてゆくへ知れず

棚雲に覆はれて日の見えざればわづかに(あけ)にひむがし染まる

鷗外の詩歌読みくらす師走一日冬の日あたたかく窓ゆ伸びたり

呂律の物にかなはざる、つまり人の咎なり(かげ)(もち)がいふ

12月2日(土)

寒暖差の大きくなれば老いの身につらきものあり水洟(みずはな)たらす

暁闇にセブン・イレブンの灯りあり(くさめ)いつぱつ夜の街覗く

冬の日のながく室内(へやぬち)にとどくなり師走二日は昼から寝てをり

『詩経』三百編一言(いちごん)()てもの言へば「思ひ(よこしま)なし」孔子のたまふ

兼好法師よくものを識る天王寺の舞楽のめでたさをけふは語りし

毒殺か縊死か定かにあらざれど四十六歳惜しむべきなり

12月3日(日)

古紙回収は三日との定め二個口をぶら提げて降りる一階玄関へ

手の甲に、腕に老班の数増えていつのまにか老い深化してゐる

(とう)(てい)のたちまちに来るまだ木々に葉の残りたり紅葉去らず

「礼を以てすれば恥ありてかつ(ただ)し」孔子先生また政治をかたる

賀茂祭の馬の飾りのよきと思ふに最近の様子「いと見苦しき」

12月4日(月)

けふは晴れ小春日和の予報ありおだやかであれ一日いちにち

革靴を履いて歩くことの困難さ両足裏に筋力あらず

鏡に(むか)ふこのひょろひょろは誰ならむこれがわたくしこの痩せ(ぢぢい)

六十を過ぎて耳順のことばありされどわれにはまだまだ遠き

乗願房宗源がいふ追善に適当な経は「光明真言・宝筐院陀羅尼」

12月5日(火)

妻が買ふ小さき蜜柑甘くして愛媛産まれは甘露、かんろ

頭からシャワーを浴びてこころよきこの痩せ老人暫時(しばし)よろこぶ

雲重く見通し()しきベランダに立てばそれでも国見のごとし

生きてゐる親に孝行するときは礼がたいせつ死後にも重き

(たづ)大臣(おほい)殿(どの)の謂れを説く幼名たづ君ゆゑにかくも申しき

12月6日(水)

酒饅頭わづかの酒精(アルコール)に酔うたるか少しふらつく老いの(み)なれば

ぬばたまの丑三つ時に目を覚ます妖怪変化のすがたは見えず

おそろしき丑三つ時に目ざめをり便所(トイレ)近きは老いたればこそ

父母の健康をこそ憂ふべし孔子がいふ孝とはこのことなりき   

鎌倉より訪ねきたりし有宗入道いふ庭の広きに畠作るべし

12月7日(木)

枯れもみぢ積もる木の下二足(ふたあし)三足(みあし)ゆつくりゆつくり歩みはじめつ

木のめぐりに紅葉、もみぢ堆積し風にかさこそ子らも集ひ(く)

枯れ紅葉(もみぢ)つぎつぎに散るさくら木の若き樹皮なり(つや)つぽくして

今の孝に賛成できぬ孔子がゐる尊敬がなくば区別もなからう

白拍子の根元問ふに何がある兼好法師詳しくかたる

12月8日(金)

十二月八日この日に開始する愚かなる滅びへと向かふこの国

紅葉と黄葉を混じ枯れ落葉若きさくらは周囲(めぐり)彩る

わが足の踏みたるもみぢ色判らずかさこそ乾く枯れ落葉踏む

老いが発する魑魅魍魎のやうな声丑三つ時は夢に苦しむ

12月9日(土)

わが胸が早鐘のごと鳴りひびく頻脈はときに龍の怒りか

暁闇(あかつきやみ)にセブン・イレブンの明かりあり夜に耀くはいのちのひかり

歯に噛めば林檎の蜜のしたたりを甘さを感ず北信濃の香を

形だけのことでは孝とはいへないと孔子のたまふ()にあらむかな

信濃前司行長こそが『平家物語』をつくりしと兼好は説く結構詳し

12月10日(日)

師走(しはす)十日()()嫁ぎゆく東京の空ひろびろと青く澄みたる

夜の夢に(こ)の祝婚歌案じたりわが(み)かるがる動くも夢なり

表参道の路地へまがれば緑多き館へつづく()の婚の場所

歩みだすむすめ想へばと胸つくこの思ひこそわがものなりき

銀杏(いちやう)の葉黄金色(わうごんいろ)にかがやくとき歩みだすなり花嫁わが()

12月11日(月)

赤坂御所の森のなかなる公孫樹の木たかだかとして耀く黄葉(もみぢ)

豊川稲荷に狐の像のこれほどに多きかあやしきものたちのぼる

足弱が赤坂の坂をとぼとぼとのぼりゆくなりこの老耄が

虎屋の整然としたる店内に並ぶ甘きもの美味(うま)さうである

12月12日(火)

世に尽きぬ盗人(ぬすびと)(たね)釜のうちに熱さに叫ぶ石川五右衛門

昨夜(きそ)からの雨に濡れたる枯れ落葉踏みて老耄(ろうもう)の心に愁ひ

霧閉す海老名の町に物流の倉庫群見えずこれも良き景

精悍とわれにむかひて前登志夫たつた一度の逢ひに終りし

愚かではない回のことたのしげに語る孔子の口惜しかりき

12月13日(水)

この世から十二月十二日に去りにけり小津安二郎に『麦秋』ありき

「大和はええぞ」の言葉にうなづくわれならむ麦が揺れてる心もゆれる

あけぼの杉の茶色の枝に茶色の葉冬木になるもさう遠からず

浅右衛門吉利が首を斬り落とすみづからの弟子をみづから落とす

人柄は焉んぞ廋さんや繰り返し言ふ孔子先生かくも伝えたし

よき細工師はさほど切れるを用ふるなく鈍き刀を用ふるものなり

12月14日(木)

冬の影ながなが届く処なり部屋の絨毯あたたかなりき

たちまちに暗くなりゆく町灯り大寺の庭常闇(とこやみ)をなす

深紅(ふかべに)色に刻々暮れゆく大山につらなる山々稜線も(べに)

温故知新とはむづかしきこと簡便に『論語』は記す孔子の言なり

化け損なつた未熟な狐が出てくる五条あたりのくらき館に

12月15日(金)

夜に覚めてペットボトルの水を呑むごくりごっくり谷川の水

宇治の茶と愛媛の蜜柑を午後三時のおやつにせむか旨し甘し

水流の渦巻くところうす紙の透けて消えゆく便器の底に

孔子が言ふ君子器ならずもつと自由に広やかなるもの

興なくてやすらかなるをよろこべる兼好法師つきづきしきよ

12月16日(土)

西の山の上空赤く燃えてゐる朝焼けここのみ不穏の色か

きのふ食べたものけふ行くところおぼつかなき半惚けしわくちゃいまの母なり

天上に風あるらしき雲薄く流れて透けて冬の青空

孔子言ふ君子とはその言を行なひ而して後にものを言ふなり

無智無能の顔をしてゐることぞよき賢しらをするは見苦しきもの

12月17日(日)

珈琲に練乳(ミルク)を足して今朝は飲む心やすらぐ揺蕩(たゆ)たふごとく

便器の底に雲古と紙がわだかまる水を流せばけたたましく()

いつのまにか雲古と紙が渾沌と流れ去りゆく惜しげもなく

君子に対し小人を宛て小人は徳なきものの謂ひと決めたり

兼好の好める若き美男子とはいづれの人か宛あるべしや

12月18日(月)

暁闇に常夜灯わづかなひかりなれど周囲(めぐり)を照らす(しるし)のごとし

くらやみに灯りのともる常夜灯冬のさつきのみどりを照らす

あきらかに含嗽(うがひ)の音のおのろのろろわれもつひには老者(ろうさ)なりけり

学びても考へなくば(くら)くして考へても学ぶことなくばあやふしあやふし

ものを聞かれはつきり説明できるかとみづからに問ふあやふしあやふし

12月19日(火)

(はい)紫色(むらさき)の雲重く圧する下を鳴く鴉四羽が群れなして飛ぶ

この国の滅びは近いか自民党の派閥に検察このていたらく

大便のわだかまりあるわが腸内ぐるぐる音すちかぢか出でむ

異端を攻むるはこれ害のみそうは思へず異端こそ学べ

心に(あるじ)があればそこばくも多くが入ることもあらざる

12月20日(水)

わが歌は柿の果実の熟れたるが落ちて潰れし形くづれて

時に応じて女になりたきときがある「だわ」と語尾に言ふ心のままに

常夜灯は緑に埋まり丈低しさあれあかるく路傍を照らす

孔子がいふ知らないことは知らぬといふこれこそが知る秘訣なるかな

丹波国の出雲大社の社前には背きあふ獅子わらべのいたづら

12月21日(木)

この空よ佐々木靖子が上りゆく梯子をたどり手をふりながら

姿勢よき人なれば葬儀の庭に立ちすがたみすゑてかけよりたりき

紅葉の葉の散るころをさきたまの平野に死せる人を弔ふ

禄を得るための学びなどあらざらむ言葉、行動におのづから従ふ

柳筥の上には縦横いづれに置く決まりなければなにゆゑ記す

12月22日(金)

オレンジ色に地平は明けてしづかなり『中上健次短編集』読む

明け烏けさまた鳴けばこの世にもとどこほりなく朝はくるなり

夜の(しるべ)に常夜灯の(あか)(とも)りをり明りつぎつぎにたしかめて通る

(なほ)きをぞ(まが)れるものの上に()ふかくすれば民おのづと服す

後鳥羽院の質問に答へる藤原定家古歌一首上げ応じたまひき

12月23日(土)

あてやかに空暮れむとす西の(かた)(やま)()の色(しゅ)(いろど)りて

身の丈のタブに沈みてものおもふ湯の(ぬく)さよきここちよきかな

天国といふ珍妙なる国につどひたる黒人、白人、黄色人種

季康子に政治の道を説く孔子楽しきろかも苦しくなきか

清明なる良夜の月を賞すべし兼好法師河内流なり

12月24日(日)

基督の誕生の日の前の昼白鷺四羽雲の下ゆく

日曜日は空が仄かに明かるめる布団にくるまり温み感じて

蝦蟇(がま)のごとき中上健次新宮の路地を跳び跳ぬる淫欲の町を

孔子は政治と意図せず政治執る孝行、兄弟和すれば政治

色好まざらんに如かじといふ風雅解さぬ人多きなり

12月25日(月)

夜に覚めてペットボトルのお茶を飲むまつくらなる空を遠望しつつ

まつくらやみに妖怪変化音たててがたごとがたごとマンション揺るる

夜に通ふ便所(トイレ)にわれの背後には妖怪異類が抱きついてゐる

人にして信問ふに牛車、馬車のたとへ孔子の言ひたる分かり易し

妄心迷乱と知れば万事を放下して道に向へと兼好説きし

12月26日(火)

秋の日のけやき黄葉(もみぢ)の耀けばあゝこの日こそ心充ちたれ

日だまりの長椅子(べんち)に座る三人のしばしの沈黙こころ遊ばす

大木のけやきもみぢの散るところ秋の日だまり長椅子に座る

殷は夏の、周も殷を受け継ぐもの周の後百世と(いへ)ど判じ得るなり

楽を求めれば苦悩を伴ふさればこそ楽を求めず生きていくべし

12月27日(水)

夜明けには町が真つ赤に燃えあがる紅蓮のさなか常夜灯消ゆ

朝明けの暗き渾沌をたのしむべし天宇受売(あめのうづめの)(かみ)踊るごと

渾沌は収まることなし踊る神、力の神の連携とずれ

義を見て為ざるは勇なきなり孔子の名言にためらひのなし

第一の仏は如何にの問ひの答へ「空より降りけん、土よりや湧く」

12月28日(木)

スマートフォンに孫の()()の立ちあがる映像動き愉しからむや

太陽の日足の届く室内にいのちのひかりを足に踏みつく

昼どきの暖かければこころ弾む四肢伸ばしをり万天衝くまで

八佾を庭に舞わすは許し難し天子ではなき季氏のごときに

和歌をつくり定家に学ばぬ(ともがら)に冥加あらずと(なみ)したりけり

12月29日(金)

昨日に『徒然草』を読み終はる薀蓄は有職に繋がるものか

昨日から『正徹物語』を読み始む中世の和歌の妙味について

インドリダソンの小説を読む『印(サイン)』とふこの執拗な捜査のゆくへ

『論語』には身分を犯す家臣たちのエピソード語るいくつかの段

家隆は詞づかいがうまく颯々たりされど亡失の体もありしか

12月30日(土)

高く残る月のめぐりの紫紺色まぼろしに似て月動きだす

きらめきて幻想境に誇示するかこの楕円真円にほど遠くして

あかね色に染まりて西の山明けるこの日よき日であれよと祈る

人にして仁ならずんば礼もなく楽もなきなりどうしようもなき

藤原雅経卿の和歌の事 剽窃、類似歌あまたありけり

12月31日(日)

よきことも悪しきも五分五分一年をふりかへりみる大歳の夜

雨のふる大晦日の朝冷水に手触れてことしの凶事(まがごと)失せよ

朝の雨に降られて傘のよろこべりぽつりぽっつん雨垂れの音

礼を問へば大いなるかな問ふことと言ひて懇ろに孔子答へき

打聞を芳しくあらずと思ひたるか正徹の口調やや口渋る