歌一覧(2023年1月)

1月1日(日)元日

日の出づるその瞬間を視認(みとめ)たり二〇二三年午前六時五十二分

(あま)(てらす)女神(めがみ)もよろこび出現(あらは)るる葦原(あしはらの)中国(なかつくに)の睦月元朝

沈みゆく元日の日は見逃したり山の(は)の色まだだいだい色

1月2日(月)

けさもまた上空高く青空を西へゆつくり機影が動く

並ぶやうに二機が相次ぎ空を赴く少しづつその行方(ゆくへ)(わか)るる

汽車に乗つてどこかの町の酒蔵を訪ねてみたし雪の降る町

1月3日(火)

一月三日の空うつくしく銀翼がつぶてのごとき大きさに照る

箱根路走者の足の蹴り強きにおとろふるわが足腰に(かつ)入たまへ

拍手する音のひびき 波、怒濤のごときにはげまされゐる

1月4日(水)

正月の生ゴミ捨つる朝の庭おほかた木の葉も失せてひそけし

(ぬきん)でてすすき穂朝のひかり浴ぶまばゆきものは清々しきよ

白銀の穂のかがやきを左にし一月四日水曜日の朝

暖房のリモコンを押し窓の外だいだい深き夕暮れの空

1月5日(木)

だいだい色の冬を実に付け海に沿ふ傾斜(なだり)たわわにみかんの稔り

泥つきの葱焼けばかくも甘きゆゑこよひは妻とぬるき燗酒

1月6日(金)

鳥の糞うづたかく積む電線の下あかぐろき糞は何喰ふ

常温の四合瓶に注ぎあひ妻と飲むこの至福の時間

1月7日(土)

オレンジ色の色調変化に朝明けて心しくしく泣くときもある

山の巨樹、神のごときを祀りきて八百年の洞あれば入る

この坂を上れば河岸段丘の涯上(がいじょう)に出るも老いにはつらき

1月8日(日)

照り椿赤きあまたの花着けて春めくひかりにたゆたふごとし

大山のいただきあたりに目を据うる葉のなき木々の春めくが見ゆ

仰ぎみるけふの空にはジェット機の一機だに見ずただ寒々し

1月9日(月)成人の日の休日

西空の高きところに残りたる水母(くらげ)色したまあるき月なり

積み石にこんつめて三つの石を積む妻の真顔の若くはなやぐ

木椅子のうへにまづ石を置き重ねゆく石立てて三つたちまち壊る

1月10日(火)

耿々と明るき残月。老いぼれのこころのうちを照らせば無惨

雲の(ふち)をあかるく照らし明けてゆく睦月(むつき)十日の寒き朝なり

採り分けし尿の容器のまだ温くカラダテラスの受付にゐる

1月11日(水)

わが妻よ怒る勿れ。けふもまた朝灼けてゐるいつものやうに

喉にからむいがいががいつのまにか咳になり鼻水も垂るあるいはコロナか

とはいへど熱の気配はまるでなし測れば三十六度四分のままに

1月12日(木)

うつうつとねむりたりけむ。ときどきに鼻水垂らしまたねむりをり

大仰に音立てて(くしゃみ)を発したりつづけ放てば鼻みづも垂る

1月13日(金)

風邪つぴきも何年ぶりかぐずぐずと寝床にこもり夢うつつなり

(くしゃみ)する度に鼻みづ垂れしたたる手におさまらず机に落つる

1月14日(土)

小雨ふる駅までの道をゆくすがた妻の姿を窓に見送る

ひと歩きすればマスクの内側の鼻みづ黄いろに濡れてでろでろ

汚れたるマスクをゴミ箱に押し込んで新たなるマスクをくつろげてゐる

1月15日(日)

鼻水は少しすくなくなりたるか鼻吸うことの稀になりたる

曇天は気分不快を誘い来るわが裡にある不全鬱塊

1月16日(月)

ほぼ一日雨ふりやまず寒ければ家出でずローソクに灯をともして暮らす

オカリナの音に()てマンションの内側に響きつたはるやさしき音色

1月17日(火)

咳、鼻みづすくなくなれどどことなくからだ重きはいまだ癒えざる

昨日よりは楽になりたる鼻みづの少し啜れば落つることなし

1月18日(水)

冬山の泰然自若遠くにして()(びさし)に山のすがたを見むか

いづくからか藁焼くけむりただよふて()()はしづかに夕暮れむとす

1月19日(木)

春の花つばきの赤き花咲けばわが風邪っぴき治まりくる

喉の奥にまだいがいがの治まらずこのいがいがが喉をくすぐる

1月20日(金)

ひよどりの二羽鳴きかはし飛びかはすマンションの周囲(めぐり)を高く低く

中庭の椿の赤き花の咲く木をめぐり飛ぶ若きひよどり

1月21日(土)

羽子板も凧あげもせぬ一月を諾諾と過ごす風邪など引きて

上空を銀翼ひかり飛びゆけるジェット機すこし間を置きて二機

あの飛びゆくジェット機にあくがれし時やある幼きころの夢の一つなり

1月22日(日)

夏つばきの木の(はだ)の荒れあらはなり(あか)()けのやうなれば痛々しきよ

冬荒れの木肌とおもふ夏つばき枝先に小さな春の芽育つ

1月23日(月)

ラ・フランス甘き熟れ()を堪能す(とろ)けるごとしこの甘きもの

西洋梨、異国の香りを運びくる幼きころのフランス香る

フランスは西洋梨の熟れ香なりあこがれはパリの酒場の女

1月24日(火)

てのひらの青、青き人、そして青 イブ・クラインの三人の青

(おほぞら)へ人は何せむ滅びざるものを宇宙へ飛ばしてはならず

空色の大地は非在の色ならむ

1月25日(水)

日々曇る眼鏡レンズを拭ひをりわが脂にて汚れし球面

蠟梅の黄の花、枝にあまた着くああ遠からず春が近づく

蠟梅の花の匂ひにマスク外し黄の花の香を直接に嗅ぐ

1月26日(木)

寒けれどあらくさ小さき花を着け春のしるべはまづこの(こみち)

すみれ草のむらさきの花 道のへに二つ花咲く小さな二つ

天空は寒けれど鳶がめぐりゐる九階の窓を睨むごとくに

1月27日(金)

暁闇(あけぐれ)の寒さ格別。されどまだベランダのバケツの水は凍らず

すずめごの群れなしてさわく。日のあたる場所をもとめて騒ぎあひつつ

鴨どりもやうやく揃ひ、河畔には鷺二羽も佇ち春待つけはひ

白梅の花の匂ひにこの(こみち)たうたつに春の国()ふごとし

1月28日(土)

大山につらなる山のはだれ雪朝のひかりに白くかがやく

ことし初のさくら餅喰ふ。おのづから顔貌(がんばう)ほころぶ老いぼれわれも

桜葉は外して喰ふがわが流儀。いささか塩はゆい残り塩でよし

さくらもちと草もちならばいづれ取る。かくむつかしき選択もある

1月29日(日)

寒さなり。一月下旬、この寒さ。木々の春の芽、はぐくむ寒さ

木蓮の花芽ふくらみ、つやめきて 春待つ老いのこころ ふくらむ

けさもまたひよどり二羽の(おす)(めす)が鳴きかはし飛ぶ。木々のめぐりを

1月30日(月)

寒き日は家ごもりゐて本を読む。中野重治「歌のわかれ」を

時折は林檎を齧り本を読む。「五勺(ごしゃく)の酒」を素面(しらふ)の老いが

水際(みぎは)には鷺群れ立ちて、流れには鴨どり浮かぶ。朝の川なり

1月31日(火)

赤裸々なるヰタ・セクスアリス暴露する柴田錬三郎その無頼よし

てつぺんの枝をくねっと()()るけやき、冬木の骨格あらはなりけり

貧弱なる木なれど欅はけやきなり。繊き尖り(え)、空を突刺す