歌一覧(2022年5月)

5月1日(日)

ひさしぶりの東京駅のにぎはひに妻とふたりの重きおもひあり

京橋の料理屋にあがり此れの世の親たるもののつとめを果たす

車窓には雨のしただりロマンスカーにほっと息つく妻と並びて

5月2日(月)

五十鈴川にのぞむ父と子うしろ手を組む写真あり父の真似して

おだやかで優しき父の表情とにほひ思ひだす心弱れば

5月3日(火)

むすこへのメール打つため足とどむ圏央道の高架の下に

つつじ花赤きも白きもはつなつの風にゆれたり川までの径

5月4日(水)

田の(くろ)に一羽たたずむ白鷺の首うごかしてめぐり探れり

だんごむしを避けてあゆめばよろよろと六十六になるおいぼれである

5月5日(木)

はつなつのひかりと風につつまれてさみどりの葉の楠の大木

桃色の夕空をゆく飛行機雲、大山を超え遠くのびゆく

5月6日(金)

木には木の揺れ方がある。あけぼの杉、けやき、夏つばき各々に揺る

つつじの花しぼめばさつきの花ひらくすこし小さき赤き花咲く

5月7日(土)

つつじ垣につつじの花の落ちてゐる五月七日の露地をさまよふ

ほのぼのと六日のあやめの湯に沈むこの肉体もやがて滅びむ

5月8日(日)

少年期のわがヒーローのひとりなるサイボーグ009その超加速力

心臓の動き奪はれわれもまたサイボーグ531奥歯噛みしむ

5月9日(月)

柿の葉寿司の葉をはがし口に頬ばればここはそらみつ大和の国なり

柿の葉は大和五条のものなるか大きく厚く香りある葉は

5月10日(火)

キッチンに小さなちひさなシャボン玉食器洗剤のボトルより飛ぶ

天井にとどく小さきシャボン玉すぐに消え去るシャボンもありき

5月11日(水)

暗夜行路をためらひ身勝手に生きてゐる時任謙作の苦悩のうめき

大山(だいせん)の夜のたましひにふれたるか生死のさかひをさまよひたるは

5月12日(木)

(キム)()()よ いまこそ抵抗の(とき)なるにあの世から送れたましひの詩を

(うづたか)(なづな)の花の咲くところ坐して目つむり息ふかく吸ふ

5月13日(金)

三島由紀夫その死の謎をいくたびもいくたびも問ふ「殉死」あるべし

川端と三島にありし確執をおもへば人は他愛なきもの

5月14日(土)

昨日(きそ)の雨に紫陽花(あぢさゐ)の広き葉もぬれて下垂(しただる)る水のしづくのひかり

朝の日は濡れたる木々の葉を照らすいづれの木の葉もみどり濃くなる

5月15日(日)

敷石のうへをつらなり懸命の蟻のあゆみあり芝地へ向かふ

山鳩の若き(つがひ)の北側のベランダにきて糞落としけり

5月16日(月)

雨ふれば雨のたのしみ。若き葉を雨うつ雨のみどりのしづく

さつきつつじの花のつぼみにも雨がふる赤きつぼみのけふはひらかず

5月17日(火)

どんみりと頭上を覆ふ曇りあり五月の空はぼんやりとして

すずめ二羽が絡み身をよせ騒ぎをり砂浴びも遊びかたのしげに見ゆ

5月18日(水)

若き娘に追い抜かれたるが悔しくて速度あぐるに離されてゆく

老いの()のなんとなさけなし息をつき遠ざかりゆく人をみてをり

5月19日(木)

街路灯に照らされて赤き五月つつじいくつもの花が闇に咲きをり

あけぼの杉の葉むらが風にゆれてゐるさわさわさわは精霊のこゑ

5月20日(金)

闇に溶けて宇宙とひとつになるといふ金城哲夫早く死にけり

朝の日にパティオのざくろに赤き花ひとつ咲きをり小さな一つ

5月21日(土)

満開のさつきつつじに雨がふる雨ふればへたる赤き花ばな

歩みゆくをちこちに(どく)(だみ)の花みつけそのたびにかがむ雨のふる日も

傘のうちに蕺草の花かがみこむ

さみどりの穂に付着する黄の小花。ペニスを守る語法童子ら

5月22日(日)

花に就く思ひあるべし。赤き花 ざくろは、激しく燃やす愛欲

花に就くおもひあるべし。白き花 沙羅の木の花、天の清浄(しゃうじゃう)

5月23日(月)

曇天にはじまる今朝のパティオの木つばきの若き葉むらさみどり

あけぼの杉の上枝(ほつえ)中枝(なかつえ)下枝(しもつえ)のそれぞれに風とりどりに揺る

5月24日(火)

法隆寺をはじめて訪ねたときの記憶をたどる。

斑鳩のま夏の乾く道のうへ遠く五重塔を視てゐつ

となりにはまだ若かりし父がゐて搭のいただきを指さしにけり

夜の道をむすめを送り妻とゆく三人のドライブすこしたのしき

5月25日(水)

父の腕に抱かれて父のうたふこゑ五月雨(さみだれ)の空に(ほとと)(ぎす)鳴く

父と子の訣れをうたふエレジーにわが心根の育ち来しなり

5月26日(木)

朝ドラにどきどきはらはら日々経つつしあわせは海のかなたから来る

路傍には皐月つつじの花ざかり。天下分け目の道歩みゆく

いづこにも衆人の目あり夏の道

5月27日(金)

あけぼの杉の若き葉ちらし吹く風とはげしき雨に幹もぬれゆく

泥流は小鮎川からくる流れ。上流は雨(さは)にふるらし

5月28日(土)

大婆(おほばばあ)(ばばあ)(ぢぢい)にむかひ合ふカップル二組よろこびの時

九階の高さを白き蝶がとぶ小さきいのちが懸命にとぶ

5月29日(日)

柳葉のみどり重たげに風が吹く柳並木はまなつの暑さ

いにしへの僧侶のすがたを絵にゑがく色鉛筆に彩色をして

5月30日(月)

キッチンの(あした)の床に落ちてゐる菠薐草の根の乳首色

沙羅の木に沙羅の花咲くしろき花五弁の花びら透けたるごとく

大叔父の残せる「夢月」を追ふ旅のその道行きをわれは愉しむ

5月31日(火)

癌患者が生き延びて十七年なほ生きて小雨ふる道を傘ささず行く

(ひる)すぎてクレーンがしづかに動きだす鉄板を吊り不安定なり