歌一覧(2022年12月)

12月1日(木)

雲重く、そして厚くしてしづかなりこんな日は冬のコートを着て出る

こゑもなく人切りつけて男なにをなすなにをせむとすなぜに語らぬ

湿りたる彩とりどりの朽ち葉踏みかなしむか朽ち葉よけてまた踏む

12月2日(金)

昼時は天晴(あつぱ)れ冬の太陽のお出ましあれば鬱気も去にぬ

一合とわづかの酒にほてりたる老いのよろこびたはやすくして

麹漬けの烏賊の塩辛を(あて)にしてゆつくりと呑むひと日の締めは

12月3日(土)

東名高速御殿場辺りの渋滞情報点滅してをり師走に入れば

時に行くトマト農園の売店にC級品のトマトを探る

夢違観音菩薩を描きしが夢違へたるか悪夢けさ観ず

12月4日(日)

固き実も仄赤らみてほぐれくる椿の木やがて花にほころぶ

斜面(なだり)の公孫樹の大木も葉のうちに黄の色混じへ師走四日

夜の椿のかげに痩せたる雪女郎

なさけなきわが身に近きミステリイどこか憎めぬこの主人公

12月5日(月)

冬芽立つ沙羅の木の枝するどくて曇天を裂く深く突き刺す

曇り空をあばれがらすが遠ざかる悪声ひと声二こゑ放ち

鳩どもの大群が曇り空をゆく群れてばらけて行きつ返りつ

12月6日(火)

甥っ子のはぐくむ信州リンゴ噛むこの甘やかなる果汁にほころぶ

起き出でてああ(くら)といふ妻のこゑ師走六日の午前五時半

窓に立つ妻の背後(うしろ)に望む空ひむがしの(はて)けさただ暗く

12月7日(水)

飛行機雲三機の航跡が西へ()く師走七日の寒きこの空

五十年、石川さゆりの歌ごゑに励まされ泣かされ喜びもあり

わが時の流れに石川さゆりの歌がありその時どきのうたをつぶやく

12月8日(木)

残り少なき紅葉も落しこの数日さくらは冬木にならむとすらむ

地上にはさくら落ち葉を散らしたる風格をもつこの古木なり

真珠湾を攻撃したる八十一年前躊躇したる人ありやあらずや

目の高さを何の穂絮かとびゆける春にはどこかに芽をだす種子なり

12月9日(金)

明烏、嘴太鴉の()みごゑが響きていまだ暗き暁闇

ひむがしの地の明けくれば西のそらに残りの円き月かがやけり

フィルターの根もとまでタバコを吸ひて棄つ携帯電話の後に男投げ棄つ

路上の短き吸殻を踏みつぶす男不貞腐れたるそぶりに

12月10日(土)

今朝はすこし暖かいのかリビングの窓に結露のほとんどあらず

けやきの葉 落ち葉をひらふ朝の道 土色の葉のいのちをひらふ

分を知らねば貧しさに盗み力衰ふれば病を受くる

李部(りほう)(わう)の記に侍ると書きし『徒然草』されどその記の散逸したり

本来無一物、無為の境地にあらざれば世界を治むること能はざる

プーチンにこの書を薦む「聖人は常に無心」を心掛くべし

12月11日(日)

残り葉の少なくなりしメタセコイヤ朝のひかりになほ葉々動く

味噌ラーメンの汁まで飲み干しああけふも人生晩年たのしきかもよ

大事を託せる人の寡なければ自らを知るべしと兼好説くか 

人は「生に出でて死に入る」これ当然にて無為自然たるべし

12月12日(月)

はぐれ鳩一羽が飛べる冬の空茫洋として青きこの空

雑草のみどりやすでに色映えて冬のいのちをかがやかせをり

来年は(みずのと)()なり干支の印注文したり工房蓮に

12月13日(火)

ひと夜さの荒れたる雨の上がりたり雲に隠りし大山も霽る

白鷺の群れてたたずむ川岸の水清くして冬の河なり

おのがために生くるにあらずおれを刺しゆくへくらます女を待てり

12月14日(水)

赤穂浪士の本懐遂げて雪のうへ吉良の(かうべ)の血を(した)()らす

春菊の苦みうまきをお浸しに昼餉にいただくこの苦さこそ

ハガキ歌仙に悩みて付くる縄文土偶の踊る良夜と

夕焼けの相模川橋梁を渡り来る小田急線の響き近づく

12月15日(木)

目に沁みてかへでもみぢの落ち葉なり横須賀は遠し歳暮るる日々

JR相模線、青き電車のかろやかに社家、門沢橋、倉見を過ぎつ

恐竜の雲のうたあり、柿のうた、そしてかくり世のうたありてたぬし

わが前を黒猫よぎる冬寒し山茶花白き花散るところ

12月16日(金)

駅に近き小公園に山茶花の赤き花、白き花異界のごとし

老齢のうたびとの死をかなしみて追憶のいくつか友と語らふ

地を這ふ低きに飛びだすすずめごの一羽におどろく二羽に魂消(たまぎ)

12月17日(土)

見あぐれば少しく()けて西へ()く飛行機雲あり()く過ぎ去りぬ

60色の色使ひ分け葉のいのち写したるとき繪がうごかぬか

緑にもこんなにたくさんの色がある木ごと草ごと山々の色

12月18日(日)

大山の頂上あたりを隠す雲やがて晴るれば雪の色あり

朝方は黒き曇りが雨ふらす南北に明るき空ひらけしに

一日の指脂に穢れし眼鏡なりしつこき汚れ拭かむとしをり

12月19日(月)

橙色が紺青を制し朝空の明けてゆくなり師走十九日

弦月の宙天高く残るのみ他になにもなし極月の朝

昨夜(きそ)の雨のなごりの道のたまり水けさは寒さに初氷なり

12月20日(火)

けさもまたはるかに高き空をゆく銀の旅客機西へと向かふ

環境にやさしき生活(くらし)からは外れたり空ペットボトルたくさん捨てに

干支印を逆さまに押し年賀状このままではまずいシール貼りをり

12月21日(水)

暁闇は繊月いまだ明るくて西空だいだい色にはまだ時間(とき)がある

屑籠は老人臭くわが家は六十代夫婦に九十の母

若ものの寄り付かぬ家はなんとなく老いの臭いのただようごとし

12月22日(木)冬至

午前六時雨いまだ降れば暗くして赤き尾灯のつらなる県道

柚子あまた浮かべて冬至の湯につかるいろいろあれどまあ、よしとせむ

「盗の夸り、道に非ざる」と慨嘆す寒き雨中に老子快なり

月花の鑑賞、賀茂の祭りの見物に無常の迅速もりだくさんなり

12月23日(金)

一夜明けて柚子風呂の柚子のぐだぐだの見苦しく柚子の臭いを放つ

おのが軀は柚子香らざる冬枯れの痩せ老人のかさかさの膚

箱詰の季節のごとし往来の薄氷に()()黄葉(こうえふ)紅葉(もみぢ)

熱きものを今なほ胸に秘めてゐる1968を生き来し二人

世界革命、暴力的な革命をいまなほ胸に焔を燃やす

12月24日(土)

土曜日は少しゆつくりねむりをり日の出の後に寝床を出づる

富士山に近き牧野に育ちたる牛の肉けふは奮発したり

リビングにしづかに鳴らすクリスマス・ソング子どものゐない寂しき夜は

子どものゐないクリスマス・イブは鮟鱇鍋老い三人(みたり)にてむさぼり喰らふ

12月25日(日)

こもりくのごとき墓苑の父の墓(いろ)くすみたるが冬の陽に照る

枯れ落ち葉 (から)の花立てに詰まりをりかきだして風荒き日おもふ

「人」入会同じ昭和五十三年四十四年を親しきうたびと

この人が亡くなれば歌の心棒がゆらぎはじめるとめどなくゆらぐ

12月26日(月)

多摩川の手前まで行き川は見ず水の流れを心に感じ

南武線から小田急線へ急ぐ人あわただしくも列なりてゆく

12月27日(火)

ペットボトルを三本袋に入れて歩きだす今年最後の火曜日のゴミ

詫状二通、原稿承諾、はがき歌仙郵便ポストへぶらぶらと行く

念のため年賀はがきを買い足しにことし最後の郵便局へ

12月28日(水)

成瀬有の告別式に会ひしよりほぼ十年ふたたび会ふこともなく

遺影には懐かしき顔 棺には老いたる佐々木靖子が眠る

佐々木靖子この世にしなき青き空ああこの空の青き深さよ

12月29日(木)

空き缶と壜の触れあふ音鳴らしインドネシアのガムランのごと

網戸二枚、ガラス窓四枚裏表老いにはしんどい大掃除なり

佐々木靖子の作品のない「短歌人」新年一月号寂しきものよ

12月30日(金)

年末の部屋を整へ疲れ果て出づれば庭に椿の花咲く

椿の木のどこかに鳥がひそみをる小さくがさり四十雀鳴く

年の瀬の慌ただしさを感じつつ海老名丸井の雑踏にゐる

12月31日(土)大晦日

年の暮れも朝はパン食フランスパン硬きにバターを溶かし喰ふなり

パンに塗るバターのとろけゆく香り大晦日の朝いささか寒き

歳の暮れの市にあかるき声ひびくことし終ひの売り尽くすこゑ

大晦日の午後に二俣川へ出掛けてゆくひさかたぶりの娘に会ひに

娘夫婦は一昨日まで大分の温泉町に旅に出ていた。

大分の温泉に浸かりほころぶる娘の表情つやつやとして