歌一覧(2022年1月)

1月1日(土)

あたらしき年のはじめの水をくむ浄水器より水したたらす

佐渡の塩、魚沼の米 神棚に新潟県産の作物供ふ

神棚に蠟燭ともし(ゐや)するにあたらしき年の淑気潤ふ

今年の(カレンダー)を掛けてまづ記す睦月三泊の奈良旅の予定

1月2日(日)

ひむがしの空は曇りの朝けなり睦月二日はゆつくり明くる

四日市の酒に酔うたるわれなるか重心すこしよろけて立てり

1月3日(月)

睦月三日こよひもしづかに暮れてゆく山の端しばし橙黄色に

大山の頂あたり笠形の雲かかりをり正月三日

1月4日(火)

霜枯れの野のしろがねに差すひかり遊ぶがごとしあたたかに見ゆ

空色のマフラーを首に回しつつ朝のひかりのなかに出でゆく

1月5日(水)

大山のいただきあたり雲もなし。くきやかに見ゆ冬の山稜

朝のひかりはあけぼの杉を照らしたり葉をすべて落す冬木の杉を

枝の内に朝のひかりが充ち満ちて一樹かがやくまばゆきほどに

東西南北四方に桃の花咲く村まぼろしの如おもひみてゐる

1月6日(木)

それぞれにスーツケースを転がして寝不足ふたりごろごろとゆく

小田原よりまづ新幹線に乗り込んで妻とふたりの奈良旅はじまる

コーヒーにサンドイッチの朝食に右手の富士は曇りて見えず

本願寺御用達を謳ふ念珠店硝子扉ひらけば京ことば迎ふ

関西のうどんを味をたのしめば冷えしこころもあたたかくなる

仁和寺の法師の烏滸(をこ)のものがたりこの地に立てば親しきものか

仁和寺に御室ざくらの咲くころは烏滸の法師もはなやぎてゐむ

大和鶏のたたきに奈良の酒をのむ妻とふたりの至極の時なり

夕焼けのぬくもり残す奈良の空古きみやこの暮れてゆくなり

1月7日(金)

長谷寺へ駅からこんなに階段をくだりしかとんと記憶失ふ

さういへばさうだつたかとかはらざる與喜山暖林にむかへば憶ふ

勤行の太鼓の音のひびきあり本堂へむかふ長谷寺回廊

いくたりの平安をとめもひざまずくその黄金の頬笑みのまへ

長谷寺の観音像につかへたる雨宝童子の赤きくちびる

ぼたん花は藁につつまれひつそりと白き花咲かす初瀬(はつせ)(かひ)

参道のいつもの店に草餅をほほばりて笑ふ媼と翁

古墳(ふるつか)の石室内部に灯をともし()にし世もさう遠くはあらず

鳥見山に靈畤(まつりのには)を立てたりし磐余彦(いはれびこの)(みこと)ここに祈れり

わが朋に会はむときたる奈良の夜ならの酒飲むこの酒やよし

年明くる奈良の町にはどことなくほっと息するやさしさがある

1月8日(土)

一休寺本堂の縁に寝ころんで庭園の石と対話してをり

北庭にごろりころがる石がいふまあそのままで自然(じねん)無為(ぶゐ)にて

西本願寺の正門を出て京の町新旧混在の街衢(ちまた)を歩く

こんなにもでつかい伽藍の内にゐて往生ねがふなどあひなきものなり

京都駅に買ひこし阿闍梨餅を喰ふ奈良への旅の閉ぢめとせむか

1月9日(日)

ふくらはぎの痛みは老いのあかしなり足の筋肉かくも衰ふ

二泊三日の旅の疲弊に茫洋とただよふごとしゆれたるごとし

1月10日(月)

奈良旅の記憶をたどり記録するこのたのしみはわれひとりのもの

毛糸帽ぬげば空から落ちてくる宇宙の粒子かわが頭打つ

1月11日(火)

和菓子屋のショーケースにはさくら餅はやくも並ぶ春のさきぶれ

草餅は見るのみにして帰りくる沙羅の枝には春の芽育つ

1月12日(水)

窓を開けばひよどりの鳴くこゑ聞こゆここはわが住む相州の町

頭上にはオレンジ色の雲うかぶ日の出る前のえびなの空に

1月13日(木)

田ゐ中に藁焚くけむり立ちのぼる冬なれば畔に乾く泥ふむ

枯れ朽ち葉悉皆落し簡浄なりあけぼの杉の冬木を好む

1月14日(金)

さくら木も若き木なれば艶めきて朝のひかりに少時はなやぐ

武家の能を微細にかたるものがたり少年が舞ふ少年が跳ぶ

1月15日(土)

朝のカフェに笑ふこゑありカウンターの内にふたりの笑ひ合ふ声

枯れ枝もいのち蓄へ春を呼ぶ芽にひかりある夏つばきの木

1月16日(日)

部屋のうちの西側の壁にひかりあり長方形の矩形の暖色(だいだい)

日のひかりに右手かざせば太陽の熱あたたかし冬の(あした)

1月17日(月)

ぶだう麺麭をすこし気どった朝食に妻と見かはす月曜の朝

ウヰンクがうまくできない朝の顔こはばつてゐるかたまつてゐる

1月18日(火)

あかつきやみに残りの月のあかるくて吉兆とおもふけふのはじまり

みんなみの空に蛇型の黒雲あり低きところをながくのたくる

1月19日(水)

夜の底に携帯(スマート)電話(フォン)のふるへありいづこにか起こる変事の予兆(さきぶれ)

船団の(つら)なるごとき雲がゆく一月十九日空に白雲

漕ぎいでて櫂をしたたる水の音苦しみのない今日がしたたる

1月20日(木)

西空の高きところに残る月欠けたるところある十八日月

相模川中流域の藪沢(そうたく)に分け入れば捨て猫、仔猫出てくる

1月21日(金)

冬木々にとどく朝の日。木の虚飾焼き尽くし千の枝のみかがやく

西空の(あした)の月かくもあかるくて、この世滅びむ。冬木かがやく

1月22日(土)

山茶花の垣に花散るところすぎ心はくもる冬の暮れどき

自転車にわれを追ひ越す母子なり()の子はマントの裾ひるがへし

1月23日(日)

空の色澄みて冷えたる(あした)なりさむければ女体の温みを()りす

冬眠の時のあひだに夢をみるひぐまにもあるか快楽(けらく)の時は

1月24日(月)

芽の尖り鋭くひかる沙羅の木の枝張る空間 意志持つごとし

インターネット闇空間に溺れたるわれら地球を滅ぼす民か

1月25日(火)

桜樹も夭々(えうえう)として艶めけば睦月二十五日春ちかくなる

さくら木のこゑなきこゑか樹がさわぐ蠢動含霊こころ温もる

1月26日(水)

さくら餅三箇をふくろにぶら提げて小田急線にゆられて楽し

いち早くかごしまに梅の花咲くを(スマ)帯電話(ートフォン)の映像伝ふ

1月27日(木)

みなもには鴨どち寄りてむらがれり相模川冬のゆるき流れに

銚子からも梅咲く便り告げられて春のいぶきのさう遠からず

1月28日(金)

毛糸帽かぶりて冬の河原ゆく石ころ蹴つて枯れ葦の原

ひつそりと白梅咲かす家がある銀髪老女が木の下に立つ

1月29日(土)

いつの世にも時代遅れの俺がゐる初年兵哀歌に涙ひとすぢ

いらいら、せかせか わが感情をもてあまし海をみてゐる茅ヶ崎の浜

1月30日(日)

おれはグラタン、妻は焼きカレー対ひて喰へばなにかをかしき

美術館の松の林の一隅に白梅ひらくたしかに香る

1月31日(月)

冬天はただ澄みわたる響きあり

いく度も悪夢に覚めてぬばたまの夜に目をひらくひかり求めて

風上へ青き流れのうへを飛ぶしらさぎ一羽高く羽搏き