歌一覧(2021年4月)

4月1日(木)

中庭のメタセコイアの芽のみどりかすむが如く四月来るなり

現実があまりに莫迦げてゐるゆゑに(エイプ)(リール)(フール)楽しくもなし

4月2日(金)

この時間、この時の間も古都寧楽の寺社のさくらは花散らしをり

巷には白きつつじも咲きそろひ悪事を企むにはよき季節なり

4月3日(土)

神武社のさくらの花も散り果てて枝はみどりの葉に麗しき

葉脈のうるはしき槐の葉にあたる朝のひかりに思慮深くなる

4月4日(日)

あんぱんをざつくり二つに割りて喰ふふたつに分けて妻と食うぶる

病院の満天星の垣に添ふ白き壺花風にゆれをり

4月5日(月)

春風に天に浮遊す。みづきの花はかなき白は死者の色なり

風呂の鏡につくづくと視るこの貧相湯気に歪めるこの痩せ男

4月6日(火)

樹の活気よわる欅も枝先にみどりの小さき葉を揺らしをり

山の表に朝の日あたり落葉樹の葉むらの色かみどりあかるむ

4月7日(水)

枝先に四枚の白き花ひらくみづきの木並ぶ春の新道

けさほどは鴉のこゑに目覚めたりからすなぜ鳴くうるさいぞからす

相模河原に鷺帰り来る。しばらく見ぬコサギ四羽がわが上を翔ぶ

4月8日(木)灌仏会 また虚子の忌日でもある。

朝の空ぽぽぽぽぽぽと春の雲四月八日はお釈迦さまの日

虚子の忌につつじの花も咲きにけり

天の雲に応ずる如くみづきの木枝に()(ひら)の花咲かせをり

4月9日(金)

みどり葉にかたち調へメタセコイア夏にそなへて(すぐ)()ちにけり

いつせいに木々の芽吹きのはじまれば町も踊りだすみどりの色に

4月10日(土)

さねさしの空は曇天中庭の苔もどんよりわれもしんみり

れんげ田のはるかの山の尾根のうへ富士ケ()みゆる白雲(はくうん)()きて

れんげ田にひかり満てりけり紋白蝶三頭戯る春の楽園(パライゾ)

4月11日(日)

くすのきもことしの若葉に(をち)若反(かへ)りいのち明るむ一樹立ちたり

この頃は保田與重郎をよく憶ふ與重郎が書きし大和に行きたし

長谷寺の参道の店ににうめんと草餅を食ひし師走ありにき

4月12日(月)

染井吉野の最後の花の散りかかり花びら浴びて愉悦の時なり

木の芽どきは狂ひやすきか夕ぐれは漂泊を誘ふ心しきりなり

4月13日(火)啄木忌

啄木の死にたる日とて立ち上がる

さねさし曇天朝から春の雨がふるみづきの花を雨打ちやまず

4月14日(水)

紅要黐(べにかなめもち)まつ赤な垣に囲はれてここはどこああ狂ひさうになる

満天星の垣がつづけば少しづつ心平生にもどりつつある

4月15日(木)

早晩に地球滅びむ花みづき

戦争はほんたうに終わつたのか。佐江衆一『野望の(かばね)』怒りもて読む

春のみどりに心躍れどいつまでも戦火治まらぬ地球よあはれ

4月16日(金)

何に()きからすは威嚇のこゑに啼くまだ仄暗きあかときなれど

黒猫に黒揚羽蝶つきづきし銀杏若葉のあかるき樹下に

4月17日(土)

雲中に父の墓あり花飾りともし火点ずるわれらも雲中

老いわれの歩みはどこかたよりなく陰陽師に()り禹歩する如き

4月18日(日)

楠の木の若葉の枝を落とす風春のあらしは音立ててくる

風に落ちたる楠の若()を腰かがめ拾はんとする(もり)の参道

くすの葉をちぎればにほふ香りありはつかながらも樟脳匂ふ

畑仕事にあこがれはあるがトラクターを買ふ余裕なし年金頼りだ

4月19日(月)

てふてふが九階あたりを浮遊するこの高所までてふてふがくる

トイレといふ密閉空間。あるときは楽しくもありけふは渋きか

4月20日(火)

花も鳥もまだ春さかりひよどりの声鳴き騒ぐ電線の上

四月二十日朝のひかりのまばゆさにあけぼの杉もひかりをまとふ

4月21日(水)

春の野やむくどり、雀も来て遊ぶ

桐の花咲きはじめたりわが頭上高きところにむらさきけぶる

仰視すればむらさきけぶる花がありその先に青き春の空みゆ

4月22日(木)

父の忌に花を一輪 赤き薔薇

姫紫苑にてふてふ春の定番にこころ安らぐ屈託あれば

4月23日(金)

春の朝のねむりを襲ふ悪夢ありけふは幸ひ襲ひ来ざりき

欅若葉の風にしづかに揺れてゐる木の下に仰ぐ祈るがごとくに

4月24日(土)

うづくまる猫がねむたげな目をひらく瞳の色のサファイアブルー

目に視へぬものとの戦ひこれほどにながくつづくとは思はざりしを

4月25日(日)

相模川土堤(どて)の桐の木に花咲けば季節が動く初夏のあかるさ

はがき歌仙けふの一句を投函に急げば雷鳴、にはか雨くる

(いかづち)の近くに()りてたちまちに大粒の雨ローソンに拠る

雨あがりの夕ぐれどきは楽しきか妻の表情おのづとゆるむ

4月26日(月)

若葉繁るあけぼの杉の木の下は祈りの場所なり心鎮まる

九階の窓のあたりに燕きて高速反転の技を披露す

今年つひにあんずの花に会はざりき室生犀星をおもふ日々あり

4月27日(火)

憤懣のその勢ひに叩き割るビール瓶の破片怒りの燦爛

新玉葱の目を刺す臭ひ充満するキッチンは刺激的創作のとき

麻婆茄子に旬の刺盛(さし)り、蒸し野菜、玉葱スープがけふの晩餐

(かい)(たい)の胸にあれども仰ぎみる四月下旬の月のあかるさ

4月28日(水)

青天に電柱あふぐ少年は陶製碍子をたしかめてゐる

碍子のごとく絶縁傾向あるものか少年はどこか孤高のおもむき

けふなぜか犬曳く人に多く遭ふ吠ゆる小犬あり尿(しと)する犬ゐる

4月29日(木)

天竺國印度へ()きたき時がある菩提樹の下に花を拾はむ

両性具有に焦がれし日もありしわれなれどいまは正しき翁をめざす

親王は夢みることに堪能なりわれは下手くそ悪夢に覚むる

4月30日(金)荷風忌

向島玉の井あたりのむかし町荷風好みの迷宮ありき

たばこの吸ひさし数本が落ちてゐるここに謀議が謀られたるか

荷風忌は蓮根食ふか(せい)(ろう)にはすのねも載せふかしはじめる