歌一覧(2021年11月)

11月1日(月)

関東地方は朝から地震(なゐ)に愕かされ霜月(つい)(たち)かくてはじまる。

河川敷もおほかた枯れ色に領されて秋のひかりに川水も澄む

橋上を悠然とゆく鷺の群れ老いの心の偏屈(ほど)

11月2日(火)

中庭の木々のあひまに鳴くこゑは四十雀ならむ姿探れず

豆腐屋の店先に置く鬼灯(ほほづき)のだいだい色が日々育ちゆく

珍しく鳶八羽とぶ相模川ことし初めての鴨が来てゐる

胸パットの一つが落ちて三日経る乾けるパットは胸ふくらます

11月3日(水)

古紙回収と生ごみを出す日が重なり十一月(しもつき)三日の朝てんてこまい

甥っこの育てしりんご信濃ゴールドさくつと噛んで朝がはじまる

11月4日(木)

白河の関を過ぐればみちのおく山はもみぢの盛りの彩り

白河の関越すバスの列が見ゆcome come evrybody英語の丘へ

田のみどり余蘖のうへを鶺鴒二羽こゑ交はしつつダンス舞ふごと

11月5日(金)

河川敷を保育園児の列がゆく鳶悠然と飛ぶ影の下

若き日の火のごとき思ひ忘れたか眼下に秋の川流れゆく

11月6日(土)

鳶十羽、自由自在に飛びめぐる。相模川上空を舞台の如く

暗渠に渡す鉄製の蓋の隙間より水の激ちの音ひびきくる

11月7日(日)

湯から上り布団に跳び込みバタンキュー二泊の旅に妻疲弊せり

夜の雨に路上しつとり濡れてゐる秋のよき空雲並べをり

車窓より後部座席のわれに差す午後のひかりのまぶしきものを

11月8日(月)

昨夜(きそ)の雨に中庭(パティオ)も濡れて枯れ朽ち葉いろとりどりに地にへばりつく

あてどなく歩けば鈴木三太夫霊堂に着き(かうべ)垂れたり

11月9日(火)

火曜日はペットボトルを出す日なり夏と違つて本数少なし

つばきの木に椿の花のつぼみあり赤らむ花の小さき蕾

11月10日(水)

秋風にさくらもみぢの木が揺らぐざわりざわり欅もゆらぐ

路上には朽ち葉落ち葉が散乱し目にも綾なりゆつくり歩く

11月11日(木)

朝の陽は圧倒的に力あり草木も人もいのちたまはる

白鷺に鳶二羽、川の上空をダンス舞ふ如もつれあひたり

11月12日(金)

朝の陽は片側壁にまづ届く。やがてあまねく万物照らす

乾反(ひそり)り葉の風に吹かれてかさりこそりわが行く路上秋の音する

11月13日(土)

暮の秋さつき躑躅の(かへ)り花いまだも赤き歩み過ぎつつ

熟したる西洋梨をいただけり妻のふるさとの甘き実りを

11月14日(日)

よき色に夕焼けにけり山の端はオレンジ色に滲み暮れたり

ぴいちゅぴい四十雀ここに見いでたり寺の墓場の石塀の上

鉛筆画描くときおのが心澄むけふはまつ赤な林檎を写す

11月15日(月)

夕焼けのうつくしき日は夜の月の笑ふやうなり半分の月

金槌にはしばみの実を叩き割る縄文人なりぼそぼそ喰らふ

11月16日(火)

ひむがしの空にかがやく大日孁(おほひるめ)(むち)朝明けてゆくほのぼのとして

放射線に髪の毛うすきわれなればこの秋の日は帽子かぶりて

しなのより妻が持ちかへるまつふぐりながきふぐりを今日は写せり

11月17日(水)

(あま)(てらす)大神(おほみかみ)けさは雲の中おぼろけなれば寒さ深き

ゴミ捨てには毛糸の帽子をかぶりたり躑躅咲くところ過ぎて風吹く

11月18日(木)

ロマンスカーの出発音のたのしげに通過して行く鶴川駅を

鯖か、鰯かまだらの雲がおほふ空暮れの秋なり白き(むら)(くも)

11月19日(金)

天と地の境に生るるあけぼの色やがてがつんと赤き光球

昼寝覚めとつぜんにしてここはどこ秋の雲行く草生にひとり

11月20日(土)

春の木の椿に花のつぼみあり固きさみどり赤らむもあり

月蝕をしばし見てゐるその下をJR相模線回送車ゆく

欠けてゆく月球の部位あづき色

11月21日(日)

巨大なる大理石くりぬく湯の縁に童女観世音 二歳のむすめ

木曽馬の近くに緊張を隠せざるむすこ六歳われの背後へ

宿の前の池に浮べる布袋葵その紫の花に寄りゆく

日本目高を放つ水槽も置かれあり朝あかるき木曽山中に

11月22日(月)

雲の間にわづかに覗く日のひかりぼやけてまたも雲中に入る

糸魚川河口に拾ふ小さき石けふは両手にあたためてゐる

翡翠にはあらねどみどりの石ころの来歴を問ふわが掌に

11月23日(火)

大石田のうたびとにいただくラ・フランス絵に写しその甘き実(たう)

山茶花の紅の花咲くマンションのめぐりの垣にあまた花咲く

早き花は木のもとに散る紅き花垣の山茶花冬の花なり

11月24日(水)

田ゐ中は余蘖のみどりからうじて狂はざりしは土匂ふゆゑ

身の置処いづこにもなくたましひのさすらひいづるこの風吹けば

11月25日(木)

ひむがしの空に出づるを待ちまうけ日のいのち浴ぶひかりの破片

朝空に高だか浮かぶくらげ色まだ半月にはもうすこしある

11月26日(金)

萌え出づる以前の世界を想はせてかぎろひ燃ゆるひむがしの空

時を経て色変りゆくあけぼの杉。褐色の木は渋き味ある

11月27日(土)

残月の色透けて高く天にあり鴉ひと啼きゆく秋惜しむ

あゆみ橋をゆつくり往けば上空に鳶十数羽晴天を舞ふ

11月28日(日)

秋の日のよき日は新しきスニーカー履いて出かける階段駆けて

何鳥か電線上にむらがりてしづかに怒るごとくに鳴かず

11月29日(月)

薄雲の流るるやうに掛かりたる晩秋の空はるかなるかも

一晩のふとんのぬくみを抜けがたく老いぼれたればぐずぐずとゐる

11月30日(火)

また一つさつき躑躅の狂ひ咲き霜月尽はこの世にあらず

霜月晦日の朝もまぶしき日の出なり冬のひかりの赫奕として