1月1日(金)元日
賽銭に百五円投げじやらんじやらん口に唱えて深く礼する
狛犬にマスクを着けて参拝者をむかへる産土の古き姫神
大晦日の最後の掃除機掛け忘れ睦月朔日部屋にゴミある
1月2日(土)
河原には凧上げ争ふ子らのこゑ正月二日空に雲なし
土堤の上に相模大山みはるかす紅葉葉落とし茶色の山を
1月3日(日)
年賀状にハガキ歌仙の句がとどきたのしきかなや正月三日は
1月4日(月)
鴨どりの群がるところ鵜も混じり相模川中流域は賑やかである
日の沈む山の鞍部に熟柿色残してさがみの山暮れてゆく
1月5日(火)
芝草に遊ぶ子猫に変身し跳びあがる、寝ころがる、毛繕ひする
冬の日の乏しきひかりを川原に鵙が来ている枯葦の穂に
1月6日(水)
鳶となり町の上空を遊弋すとんがり屋根を探すがごとく
冬の田のひろがるところ鳩の群れ、すずめの群がり交差して飛ぶ
行く先にすずめ集まる。わが影を察知したるかいつせいに飛ぶ
1月7日(木)七草 1989年昭和天皇崩御の日
悪夢より淫夢がよろし然れども悪夢に目醒む夢に死にき
笠雲といふより帽子雲かぶり雪の少なきことしの富士は
ぽつり、ぽつり梅の花咲くところある冬風強きに白き花咲く
七草を茹でたる汁に爪を浸け初爪を切る縁起よきかな
生活のなにが変わるか偏屈房主人としては慎むべきか
1月8日(金)
宙天を二十四日の月浮かぶ朝七時半うすき雲行く
今日逢ふは紅梅、椿、春の色。雀(こ)躍(をど)りしたきいのちの色なり
1月9日(土)
あらたまの朝日かがやく地平線しづかなりけり鳥鳴かざれば
下肢の筋肉(にく)衰へたるか足踏むに頼りなければ木の傍(そば)に拠る
震災碑に「横死之靈」の文字ありき「横死」ひさびさに聴きし語なりき
1月10日(日)
在りし日のお伝のすがたに似もつかぬ髑髏を抱きて嗚咽しやまず
浅右衛門吉(よし)亮(ふさ)の首切りの失敗を心に泣くかつぶさに誌す
北側のベランダのバケツに冬深しことしはじめての薄氷を割る
1月11日(月)成人の日
ハツ子さんよそろそろため口で話さうやよそゆきことばは疲れるだらう
これまでの人生に悔いがいくつかある然(さ)れど生きてゐるそれだけでよし
満作の花咲くところ風寒く卒塔婆が響(な)る安養寺墓地
1月12日(火)
悶々と眠れぬ夜は淫(みだ)ら夢に誘(いざな)はれたし寝返りをうつ
夜の底に赤き椿の落下する寂しき花の音聴こえぬか
藤圭子の昭和の夜を歌ふこゑいのちを絞るこゑ胸に沁む
1月13日(水)
橋梁の端を歩めば川淀にわが影映る少し前(さき)ゆく
鵄の鳴くこゑに暫時(しばし)を空仰ぐ雲無き青天を三羽が旋(め)回(ぐ)る
橋梁に覗けばいつもの鯉がゐる浅瀬を遡(のぼ)り泥巻き遊(すさ)ぶ
橋梁を渡りて帰る河原にはわが影われを追うて従(つ)きくる
塞(くな)神(ど)にはどんど火に焚くお飾りやしめ縄を積むくなど隠れき
1月14日(木)
健康診断受診のために朝早く小田急線はたのしき響き
1月15日(金)
冬枯れの田を行くときにすずめ声すがた見えねど遠近(をちこち)に鳴く
今日のわれは素のわれなるか木瓜(ぼけ)の花咲くをよろこぶ老人である
菱田春草の木の幹にゐる黒猫よ寒き夜なればわが膝に来よ
1月16日(土)
老人には猫つきづきしされどこの黒猫けふはわれにより来(こ)ぬ
大巳(おほな)貴(むちの)命(みこと)を祀る社あり椿の花のちらばるところ
1月17日(日)
今朝もまたわがマンションの前の空地数十羽ほどの鳩がきてゐる
いつも行く小さきパン屋の店先は列成し並ぶ混みあつてゐる
1月18日(月)
山の上の朝焼け雲のあかるくて悪夢にしんどき心にはよし
河原の枯れ草藪にひそみ鳴くすずめ飛びだす、次いで斑鳩(いかる)も
1月19日(火)
金色の大孔雀王を幻視する明恵歓喜(くわんぎ)の涙したまふ
あけてゆく椿の闇に花三つ赤(あか)鈍(にび)色(いろ)のあやしく開く
眼前にカラスの屎(くそ)が落下するカラスのくそ(、、)はま白き色なり
1月20日(水)
シーソーに孤りあそべる老人にわらんべすらだに近よらざりき
1月21日(木)
大寒の海にふんどし一枚で入りゆくといふオレにはむりだ
山田風太郎の奇譚にこころはづませて室町末期の京(みやこ)に遊ぶ
殻を割りことし初めてのそらまめの尻に刃を入れるたのしきろかも
1月22日(金)
川淀に鯉五尾つどひ喫緊の話題は鴨の横暴について
体感をジャズのピアノに合はせたりロックグラスがスイングしてゐる
1月23日(土)
冬の雨にうるほふ頬のしつとりと妻よ三十五年ともに暮らしき
土曜日の朝刊の愉しみの読書欄けさの本には食指動かず
1月24日(日)
雲去けば大山、丹沢の高きところ白き雪残る冬のさねさし
禄亭大石誠之助この日死すわが愛すべき紀ノ國びとなり
灰青色の雲は明日降る雪含みわが住み暮らす町の上にある
1月25日(月)
わが町に雪降らざれど大山の頂きあたり雪白深し
臘梅の黄の花盛りの木の下に幼きころのむすめが遊ぶ
1月26日(火)
すずめらの集ふところに何鳥か異物のごとしすずめ飛び立つ
電線にすずめ群がり鳴き騒ぐそこはわが領地そこのけそこどけ
来てゐるは河原鶸らしたつた二羽がすずめ百羽の取り分略取す
1月27日(水)
キッチンのボウルに浸す菠薐草――、朱の根の色乳首の如し
冬の雨の降るか降らぬか境目を散歩してしばし老い肌うるふ
われらまた常在戦場のごとき世を生きて深紅の薔薇斬り落とす
1月28日(木)
読む本は沢山あるがけふも二冊買ひたきたりしがいつ読むのだらう
『片隅の人たち』ひらけばトップ、カスミ懐かしき名がある渋谷界隈
1月29日(金)
あけぐれの奥山照らすひかりあり十六夜月沈まざりけり
1月30日(土)
燃やすゴミ20ℓの袋づめそこそこ重いゴミ捨て場まで
土曜日の八時前後は混みあつてゴミ集積場に六人が入る
ゴミ袋ぶら提げてくる六人の入りて出てくる踊るが如くに
1月31日(日)
谷津駅まで千三百円の硬券購ふ三日つづけて改札口前
冬ごもりのやうなる日々を重ねきて一月尽は酒飲むか少し
ちびりちびりしやぶる程度の酒なれどハツ子よろこぶ心温もる