昨日降った雪は止んだが、残雪はまだまだ。
文庫の棚には得るもの多き今回は『荘子』4・5、朔太郎の書
小池真理子『月夜の森の梟』、木内昇『新選組 幕末の青嵐』も買ふ
数冊の雑誌と本の価払いひエレベーターに一階に降る
『孟子』離婁章句下92-2 王曰く、「礼に旧君の為に服する有りと。如何なれば斯ち為に服す可き」と。曰く、「諫行はれ言聴かれ、膏沢民に下る。故有りて去れば、則ち君、人をして之を導いて彊を出でしめ、又其の往く所に先んず。去つて三年反らず。然る後に其の田里を収めむ。此を之れ三有礼と謂ふ。此の如くなれば則ち之が為に服す。
臣を礼遇するに三有礼あればその君の喪に服す
『梁塵秘抄』植木朝子編注
和歌にすぐれてめでたきは 人麻呂赤人小野小町 躬恒貫之壬生忠岑 遍照道命和泉式部 (今様・一五)
【現代語訳】和歌にすぐれていて素晴らしい歌人は、柿本人麻呂、山部赤人、小野小町、凡河内躬恒、紀貫之、壬生只岑、遍照、道命、和泉式部。
【評】著名な歌人を列挙した一首。柿本人麻呂と山部赤人は『万葉集』の代表歌人で、『古今和歌集』仮名序もまずこの二人を和歌の聖としてあげる。凡河内躬恒、紀貫之、壬生忠岑は『古今和歌集』の選者、小野小町と遍照は、それぞれ六歌仙の一人として名があがる。
道命と和泉式部は平安中期の歌人であるが、中世以降の説話伝承の中ではこの二人の恋愛関係が繰り返し語られる。たとえば、鎌倉時代前半に成立した説話集『宇治拾遺物語』の冒頭には、道命が、和泉式部と枕を交わした後、法華経を読誦した話が載る。五条の道祖神がこれを聴聞して語るには、日ごろ梵天や帝釈天が聴聞しているために、そば近くには来られなかったが、今日は共寝した身を清めないままに読誦したため、他の神々が寄りつかず、念願かなって聴聞することができたとのこと。皮肉な語り口で「色にふけりたる僧」として道命を描いている。また建長八年(一二五四)に成った説話集『古今著聞集』の巻八には、道命と和泉式部とが一つ車に同乗している様子が語られる。こうした伝承の行き着いた果ては、室町時代のお伽草紙『和泉式部』に見られるような荒唐無稽な物語であった。そこでは、道命は和泉式部の生み捨てた子ということになっており、それを知らずに二人は恋に落ち、近親相姦の罪を犯してしまうのである。物尽くしの今様は、結句に何らかの重みを持たせることが多く、当該今様が道命と和泉式部を並べて提示するのは、こうした中世説話に先立つ二人の恋愛伝承がすでに存在していたからであろう。単純な名前の羅列と見える中にも、当時の人々の興味関心を引き付ける話題が巧みに内包されているのである。