曇っているような、晴れているような。晴れるらしい。
徳田秋聲記念館の二階より黒き瓦に花びら散り来(く)
「秋聲の聴いた音楽」のCDを贖ひ求めたり。SP版の音
昼食を終へての春昼後刻にも岸辺には古木のさくらはなびら
『孟子』万章章句下135-4 曰く、「然らば則ち孔子の仕ふるや、道を事とするに非ざるか」と。曰く、「道の事とするなり」と。「道を事とせば、奚ぞ猟較するや」と。曰く、「孔子は、先づ祭器を簿正し、四方の食を以て簿正に供せしめず」と。曰く、「奚ぞ去らざるや」と。曰く、「之が兆を為すなり。兆以て行ふに足る。而るに行はれず。而して後去る。是を以て未だ嘗て三年を終ふるまで淹る所有らざるなり。孔子には見行可の仕へ有り。際可の仕へ有り。公養の仕へ有り。季桓子に於ては、見行可の仕へなり。衛の靈公に於ては、際可の仕へなり。衛の孝公に於ては、公養の仕へなり」と。
孔子には魯の季桓子には見行可の仕へ、衛の霊公は際可の仕へ、衛の孝公には公養の仕へ
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『梁塵秘抄』植木朝子編訳
羽なき鳥の様がるは 炭取かいもとり 石
【現代語訳】羽のない鳥で変わった風情のあるものは、炭取、虎杖、垣根に生えるという菝葜よ。弓取、筆取、小弓の矢取といたようなもの。
【評】末尾に「トリ」がつくものを並べた言葉遊びの歌。「様がる」は一風変わっていておもしろそうであるといった意味で、『梁塵秘抄』には多くの用例がある。当該今様では「鳥」という音を持っていても、鳥でもないため「様がる」(風変りだ)としており、言語遊戯的な側面が強いが、伝統的なもの、ありふれたものに対して、やや変わっているもの、珍しいものを「様がる」と評価していく姿勢は、流行の最先端を追っていこうとする今様という歌謡の性質をよく表していると言えよう。
「炭取」は、炭を入れる容器。「鑰
「石取」は小石を投げ上げたり取ったりするお手玉のような遊戯、「虎杖」「菝葜」はそれぞれ植物の名、「弓取」は弓を持つ武士、「筆取」は文字を書く人、「小弓の矢取」は遊戯用の小弓で射た矢を集める人。
取り上げられた素材は「トリ」の音を持つだけで、雑多であり統一がないとも評されるが、各素材の間にはゆるやかな連想が働いていると見られる。「炭取」と「鑰
この中に見える「虎杖」について、『枕草子』は「見るにことなることなきものの文字に書きてことごとしきもの」(実物を見るとたいしたことはないのに、文字に書くと大げさなもの)の物尽くし章段で例にあげている。「虎の杖」と書く漢字表記が問題になっており、同じ素材を取り上げても、今様が「トリ」という音に注目するのと対照的である。『梁塵秘抄』と『枕草子』は、ともに物尽くしという形式を特色の一つに持っているが、耳で聞いた音を問題にする今様と、漢字を思い浮かべられなければおもしろみがわからない『枕草子』は、作者や享受層の違いからそれぞれ独自の世界を切り開いているのである。