今日も寒い。晴れだが。
朝・昼・晩すがたを変へて変幻自在あけぼの杉の正体見えず
杉の木を下から仰げば冬の空透明にして飛ぶ鳥も見ず
日中はただの冬の木、夜となれば闇の中なりすがた隠す
『孟子』離婁章句上80 孟子曰く、「事ふること孰れか大なりと為す。親に事ふるを大なりと為す。守ること孰れか大なりと為す。身を守るを大なりと為す。其の身を失はずして、能く其の親に事ふる者は、吾之を聞けり。其の身を失ひて、能く其の親に事ふる者は、吾未だ之を聞かざるなり。孰れか事ふると為さざらん。親に事ふるは、事ふるの本なり。孰れか守ると為さざらん。身を守るは、守の本なり。
親に仕へるが根本であり自らの正しさを守るが根本なり
川本千栄『土屋文明の百首』
一ついのち億のいのちに代るとも涙はながる我も親なれば 『青南集』
<その一人の命が億の人の命の身代わりになるとしても、その死への涙は流れる、私も親であるから。>
昭和三十五年七月の歌。同年五月、安保条約の成立に際し、何十万もの人々が国会議事堂を取り囲んだ。また、六月には学生のデモ隊と機動隊が衝突し、東大生樺美智子が死亡した。一首の背景にはこの事件がある。「億のいのち」は日本人全体の命を表す。親であればその億の命より、自分の子一人の命が惜しい。戦前の「まをとめや」や戦中の出征者に寄せる思いに繋がる気持ちだ。再びの戦争体制が人々に強く危惧された時期の歌である。
青き上に榛名をとはのまぼろしに出でて帰らぬ我のみにあらじ 『青南集』
<青く広がる裾野の上に榛名連山を、永久の幻に思い浮かべながらも、故郷を出て帰らないのは私だけではない。>
明治時代、立身出世や自分の才覚による成功を夢見て故郷を去った人々の一人として、文明も東京に出て、生涯故郷に帰り住むことは無かった。彼にとって、青々と連なる榛名山系は永遠のまぼろしとして思い浮かべるものであり、故郷の象徴だった。歌碑嫌いの文明だったが、この歌を刻んだ生前唯一認めた歌碑が、出身地にある群馬県立土屋文明記念文学館の前庭に建てられている。