ちょっと温かい。
びんの蓋開け得ざりしは老いの手なり眉をひそめて妻が見てゐる
ペットボトルも蓋開かざれば飲めぬものあゝ情けなしふた固きなり
たうとつに、そして朗らかな声がいふそんなこともあるよ娘の声なり
『孟子』離婁章句下120-3 孟子曰く、「曾子・子思、道を同じくす。曾子は師なり、父兄なり。子思は臣なり、微なり。曾子・子思、地を易ふれば則ち皆然り」と。
孟子が言ふ、曾子・子思ともに道を同じくす。立場を変へてもおそらく同じ
『梁塵秘抄』植木朝子編訳
狂言綺語の誤ちは 仏を讃むるを種として あらき言葉もいかなるも 第一義とかにぞ帰るなる
(法文歌・雑法文歌・二二二)
【現代語訳】でたらめの言葉、飾り立てた言葉で作った文学の営みは間違った行いではあるが、それも仏を讃嘆する機縁となし得る。荒々しい言葉もどんな言葉も、すべては仏法の絶対的真実に帰するということだよ。
【評】文芸即仏道の思想を、二つの典拠によって歌った一首。前半は、寛弘九年(一二一〇)頃には成立していた『和漢朗詠集』仏事の白居易の漢詩による。願はくは今生世俗文字の業狂言綺語の誤りを以て 翻して当来世世讃仏乗の因転法輪の縁と為さん(私は現世で俗っぽい文学の営みを生業とし、でたらめの言葉、飾り立てた言葉を使って作品を作るという誤りを犯してきたが、今後は何とかしてそれを転じて、未来永劫に仏をたたえ仏の教えを説く機縁にしたいと思っている)
この漢詩は、文学と仏教とを結び付けるものとして日本にも大きな影響を与えた。朗詠として歌われることで広く流布し、さらに、『狭衣物語』『栄花物語』『平家物語』など多くの文学作品に引用されている。
当該今様後半には、次に掲げる『涅槃経』梵行品の一節による。
諸仏は常に軟を語り、衆の為め故に麤を説く。麤語及び軟語、皆第一義に帰す。
(さまざまな仏は常にやわらかなことを語って、衆生のために荒々しいことを説く。荒っぽい言葉、やわらかい言葉はみな究極の真理に帰す)
この一節も広く知られ、安居院流唱導(経典や教義を説いて人々を導くこと)の祖とされる澄憲の「和歌政所一品経供養表白」(一一六六)に「伝へ聞く、麤語及び軟語、皆第一義諦の風に帰し、治世語言、併ながら実相真如の理に背かず」とあり、今様との関わりの深い歌人・寂然(一一一八?~一一八二?)の『法門百首』にも「廉言耎語(廉は「かどがある」の意、耎は「やわらかい」の意)みな第一義に帰して、一法としても実相の理に背くべからず」という注が見える。
このように、朗詠や唱導といった一定の旋律に乗せて歌われ唱えられた一節が、今様にも取り込まれていったことが窺われる。
後白河院は自らの今様生活を振り返って記した『梁塵秘抄口伝集』巻一〇の終わりに、法文の歌、聖教の文に離れたることなし。法華経八巻が軸々、光を放ち、二十八品の一々の文字、金色の仏にまします。世俗文字の葉、ひるがへして讃仏乗の因、などか転法輪とならざらむ。
(法文の歌は、仏の教えの文言にはずれたことはない。『法華経』八巻の軸はすべて光を放ち、二十八品の一つ一つの文字は金色の仏でいらっしゃるのだ。世俗の文学の営みも転じて仏を讃嘆し仏の教えを説く機縁にならないことがどうしてあろうか)と述べて、白居易の漢詩を引きながら、今様即仏道の考え方を述べている。仏道と矛盾するのではないかという恐れを抱えながら文芸活動に携わる人々すべてにとって、 当該今様に表現された考え方は、この上なく頼もしい心の支えであったことだろう。