昨日に続き晴れている。雨はふらないようだ。
朝から雨は台風25号のためどこまで続くかいつまでふるか
台風には心躍れどかにかくも上空襲ふ予報は避けたし
本格的に降り風ふくは今晩から明日にかけて怖れたるべし
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日夏耿之介『唐山感情集』
ものしづかなです
ひんがしののしたで
ものしづかなが秋の気分にひたる、
痩せほそる影がスル〳〵と簾を捲きを窺ひ、
冷めたいが袖にみち〳〵先生にる、
晩年ひとりを嗜む心ばへとこそ。
菊 靜女也
東籬の下、
靜女秋気に隠る、
痩影捲簾李媛を窺う。
冷香袖に盈ち陶君に侍す、
晩節暗に超群。
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相馬御風編注『良寛和尚歌集』
世の中を思ひおもひてはて〳〵はいかにやいかにならむとすらむ
【大意】人の世の有様を観じ、衆生の苦患を思うて悲しみ悩みつつしまいには一体どうなるんだろう。
【評言】西行に「行方なく月に心の澄み澄みてはてはいかにかならんとすらむ」という一首がある。良寛のこの歌にはたしかに西行のこの一首からの影響があるとおもう。西行のに比して少々力足らぬ憾みがないでもないが、単なる模倣でないだけは、たしかであると思う。良寛にはこの歌の類歌が数首ある。そのうちの二、三首を挙げて置くことにする。
わが袖は涙にくちぬさよふけてうき世の中のことをおもふに
うつし身の人のうけくをきけばうし我もさすがに岩木ならねば
長崎の森のからすの鳴かぬ日はあれども袖のぬれぬ日ぞなき
いずれもしみじみとはしているが、何となく力弱く感じられるのは、主となっている感情があまりに一般的であり且抽象的であるからであろう。同じくこうした一般的感情を歌ったものでも、切実な個的経験を通して歌われた作には、強く響くのが良寛には他に少からずある。