7月30日(木)

朝方は涼しい。しかし直に暑くなる。暑い。

高木彬光『帝国の死角 第二部・神々の黄昏』を読み終える。自殺した鈴木大佐の抱えていた天皇の資産の行方を問うた続編である。鈴木の次男にあたる二郎を中心に話は巡る。八光教などという新興宗教の教団をもまきこんで破天荒な展開をするのだが、奇怪な話であり、興味深くもあるが……まあ、おもしろかった。

木に花咲く季節とはちがふ木の勢ひ夏のものなり。緑濃くして

苔の色も少しく濃くなり。夏の虫ねばつくやうに飛びめぐりをり

またまた造園業の手が入り全ての花は絶滅危惧種

    *

『孟子』尽心章句上206 孟子曰く、「堯・舜は之を性にするなり。・武は之を身にするなり。は之をるなり。久しくりて帰さずんば、んぞ其の、に非ざるを知らんや」

五覇は仁義を借りてゐるしかしそのまま返さずいればだれも知らず

    *

相馬御風編注『良寛和尚歌集』

飯乞ふとわれ来にけらし此の園の萩のさかりに逢ひにけるかも

【語義】「来にけらし」は「来たのらしい」または「来たのであろう」。

【大意】俺は今丁度うまくこの園の萩の花ざかりに逢った、これはまあ何という美しさだ、何といううれしいことだ、それにしても俺はここへ物を貰いに来たのらしいがなあ。

【評言】「われ来にけらし」は力強い表現である。「飯乞ふとわが来しかども」とか、「飯乞ふとわが来て見れば」とか、「飯乞ふとわが来し君が」など云ったのではなんの妙味もない。「来にけらし」だからいいのである。一切を忘れ果てて萩の花の美に吸い込まれた歓びを歌ったところに心を惹かれる。生活の糧を求めて来たことすらも打ち忘れてひたすら自然の美に見とれた、その瞬間の心を捉えたところに動かされる。

   飯乞ふとわれこのやどに過ぎしかば萩のさかりに逢ひにけらしも

という歌もあるが、いずれにしても「けらし」は発せずに居られなかった言葉であったと見える。一が他をなおした結果であるとは思えない。自分にもその折の心もちはどちらがどうかわからなかったのであろう。そこが却って私達には面白く感じられる。即ち彼は前の歌のようにも感じたと同時に、更にまた「うまくこの家の萩の花盛りに逢い得たものだ、これはまあ何という仕合だ、これというのも俺がこうして物を貰おうとしてこの家の前を通りかかったから丁度うまく萩の花盛りに逢うことが出来たのかも知れないよ」こうも感じた。そしていずれの感じ方をも彼は捨て得ないでそのままいずれをも歌にした。それがまた一層私達には興味深く感じられるのである。

こんなことを云うとまたろくでもない理屈をこねるといって笑われるかも知れぬが、私はこの歌からこんな事まで考えさせられたのである。吾々生きている。この肉体の生命をつなごうとして働いている。しかも、その生きんとする欲望の為の働きの連続とも見るべき吾々の生活の途上において、吾々は多くの楽しみを与えられている。飢えて食う。食うはただ生命をつながん為めであろうが、しかもそれと同時に吾々は快い味を得ている。これは二重にありがたいことだ。だが、一体こうした吾々の生活はただ生きんとする欲望のみの然らしむるところかどうか。自分はただ生きんが為に生きているらしい。しかも自分には時としてその生きんが為の営みをすらも打ち忘れて美しさに見とれ、楽しさに驚かされることがある、これはまあどうしたことだ――そこまで良寛のこの歌の心を以て行こうというのではないが、私としては時にこの歌からこんなことまで考えさせられずには措かないだけは偽れない事実である。「飯乞ふとわれ来にけらし此の園の萩のさかりに逢ひにけるかも」。「飯乞ふとわれこのやどに過ぎしかば萩のさかりに逢ひにけらしも」。そのいずれがいずれとも定めがたいところに、この歌を詠んだ折の良寛その人の心持の貴さがある。

7月29日(水)

朝はすずしいが、やがて暑くなる。

薄雲に隠れておぼろな太陽あり。模糊たるひかりはこの世の

雲を出ずばおぼろけに透く太陽のわずか光あればよきなり

大山も富士をも隠す夏の雲、こんもりと山の在りかを隠す

    *

『孟子』尽心章句上205 孟子曰く、「すこと有る者は、へばを掘るがし。井を掘ること、而もに及ばざれば、猶ほ井を棄つと為すなり」

事をなさんとする者は必ずやり抜かねばならぬ

    *

相馬御風編注『良寛和尚歌集』

秋もやゝうらさびしくぞなりにける小笹に雨のそゝぐをきけば

【語義】「うらさびしく」は「心、淋し」。〇「小笹」の「小」は意味のない発語で単に「笹」というに同じ。

【評言】「秋もやゝ」の「やゝ」がよく利いている。下句の調子にもたるみがない。「きけば」も少しも説明に堕していない。じつと聴き入っている雨の音を受けているものが笹であるところに動かし難い実感味がある。微かな音のようであるが天地を引き入れてゆくように感じられる。本当の孤独に住したものにでなければ、聴きとれないような微かな自然の音楽である。「秋もやゝうらさびしくぞなりにける」――そこから更に果しも知れない広大なたましいの世界がひろがっている。決して単なる詠嘆などではない。

7月28日(火)

曇りで、少し涼しい。このままだといいのだが……

雨ふれば草も木もみどりあたらしく草葉・木の葉の匂ひあざやぐ

木も草も雨のしづくに濡れたるに夏の匂ひすたのしきろかも

ビニール傘に雨音うけて踊りだすひょうろくだまはわれならなくに

    *

『孟子』尽心章句上204 孟子曰く、「は、を以て其のをへず」

柳下恵は三公の栄位の得失によりその操守を変えるようなことせず

    *

相馬御風編注『良寛和尚歌集』

わが待ちし秋はきぬらしこのゆふべ草むらごとに虫の声する

【語義】「きぬらし」は「来たと見える」。

【評言】平凡な歌のようで、しかもしみじみと胸にしみ入る力を持った歌である。「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる」などに比べると遥かに実感味の切実さがある。「このゆふべ」がよく利いている。ふと虫の音に心をとめた刹那の心の動きが「このゆふべ」の一句でピタリと捉えられている。「このゆふべ」のおかげで「きぬらし」も活きているのである。「わが待ちし」「草むらごとに」などの表現も吾々では容易に出ない言葉である。

7月27日(月)

ずっと曇り。だが夕刻に雨になるようだ。

道路上を人間が行く、そして帰るその上を翔ぶ白鷺のすがた

白鷺は一羽のみ道路の上をゆくその純白の無垢なるすがた

見上げて確認する人ひとりもあらずただ白鷺の視界のうちに

    *

『孟子』尽心章句上203 孟子曰く、「飢ゑたる者は食を甘しとし、したる者はを甘しとす。是れ未だの正しきを得ざるなり。飢渇之を害すればなり。のみ飢渇の害有らんや。人心も亦皆害有り。人能く飢渇の害を以て心の害と為すこと無くんば、則ち人に及ばざる憂ひと為さず」

飢渇の障害で心までも害することがなき人ならば憂ひ感ぜず

    *

相馬御風編注『良寛和尚歌集』

かぜはきよはさやけしいざともにをどり明さむ老のなごりに

いざうたへわれたち舞はむぬば玉の今宵の月にいねらるべしや

【語義】「さやけし」は「あきらけし」。〇「なごりに」は「心残りに」若くは「残り惜しさに」。〇「ぬば玉の」は夜の枕詞で「今宵」にかかるもの。〇「いねらるべしや」は「ねられようか」。

【評言】誰か心の合った友人と酒でも飲みながら折から聞えて来る盆踊の太鼓の音や唄の声にそそられて感興のあまり相手の友人に詠み与えたのであろう。この二種の調子には珍しく溌溂たる生気が動いている。「かぜはきよし月はさやけし」の如き、「いざうたへわれたち舞はむ」如き、「いねらるべしや」の如き、いかにいきいきとした気持の溢れ出た句法である。良寛のたましいは静寂の境に安住していたが、良寛その人はあらゆる人、なべてものと共に遊んだ。子どもらと共に戯れ、村人と共に踊り、時にはうかれ女を相手にはじきを遊びすらもした。彼はいかなる豪族の旦那様とも膝を交えて語ったと共に、いかなる悪党やならず者とも打ちとけて酒を飲むことが出来た。そしていたるところ、いかなる種類の人々の間にも常に春風の如きやわらぎをもたらした。しかも彼みずからは何人のよつても傷つけられず、何人によつても汚されず、何人によつてもゆがめられず、常に幼な児の如く純真で、岩間の清水の如く澄んでいた。

7月26日(日)

曇りだか晴れだか、少し涼しいけれど……

空砲が鳴るがごとくにおならの音。音のみ響き大便出でず

トイレの中は扉閉せばわれのもの西洋便器に座り考ふ

トイレの中に汚物落とせばここちよき溜っていた便たちまち流す

    *

『孟子』尽心章句上202 孟子曰く、「は我が為にするを取る。を抜いて天下を利するも、さざるなり。はす。をしてにるも、天下を利するは之を為す。はを執る。中を執るには之に近しと為すも、中を執りてすること無ければ、猶ほを執るなり。一を執るにむ所の者は、其の、道をふが為なり。一を挙げて百を廃すればなり」

一事に固執するのを不可とする楊朱・墨子・子莫いづれも不可なり

    *

相馬御風編注『良寛和尚歌集』

里べには笛や太鼓の音すなりみ山はさはに松の音しつ

【語義】「さはに」は「おほく」「あまた」と同じであるが、ここでは「さかんに」というほどの意。

【評言】これは盂蘭盆の頃、しかも夜詠まれた歌であろう。笛や太鼓の音は、おそらく盆踊りのそれであろう。私はかつて新暦の八月下旬に数日間毎夜良寛和尚の住んでいたかの越後国上山の麓にひらけた平野の間を歩いたことがあった。そして毎夜あちこちの村で鳴り響く盆踊りの笛や太鼓の音を聞いたことがあった。月下の平野はいたるところ稲がふさふさと穂を垂れ、その上に露が緑色に光って居た。遠くを見渡すと、平野はまるで海のように見えた。ところどころに黒く見える村々の木立は、さながら浮島のようであった。そうした夢のような月夜の平野の光景をおもい浮かべながらこの歌を読むと、そうした遥かあなたの人里の歓楽のどよもしを聴きながら、あの寂しい山中の草庵に孤坐していた人の心が、胸にしみ込んでくるような気がする。この歌、表現の仕方においては前に揚げた「をちかたゆしきりにかひのをとすなり……」の歌と殆ど同巧のように見えるが、しかし「み山はさはに松の音しつ」の下句の為めに全然異なった心境が開かれている。「さはに松の音しつ」の表現は、まったく至妙である。「此句は甚だ簡潔であって然も無量の心を蔵している」とかつて斎藤茂吉氏も讃嘆したが、私も同感である。

7月25日(土)

今日もまたまた暑い。夕刻には雨の予想がある。

『私の謎 柄谷行人回想録』(講談社)を読む。朝日新聞社の滝沢文那氏のインタビューによる回想である。難解だ、分からないと思いながら、主な著作は読んできたつもりだ。その柄谷における文学批評・思想・哲学の流れは本書で了解できたつもりだ。本体は、私には難解だから、これからどこまで読めるか分からないが、挑戦はやめるつもりはない。たった一度だけだが、村井紀さんに連れられて青山でお会いしたことがある。それがあるから近しく思うのかもしれないが、難解さは変わらない。

またふれば水たまりに急に雨の輪が湧きくるごとし踊るがごとし

水たまりに小さな雨の輪しばらくを見てゐればたちまち大きくなりぬ

水たまりの雨の輪すこし弱くなればさて跳び越えてゆかむと思ふ

    *

『孟子』尽心章句上201 孟子曰く、「にして起き、として善を為す者は、舜の徒なり。鷄鳴にして起き、孳孳として利を為す者は、の徒なり。舜と跖との分を知らんと欲せば、他無し、利と善との間なり」

舜と大盗・跖との違いは、ただ利益を謀るか善事を努むるかによる

    *

相馬御風編注『良寛和尚歌集』

をちかたゆしきりにかひのをとすなりこよひのあめにせきくえなむか

【語義】「をちかた」は「遠方」〇「ゆ」は「より」「から」。〇「かひ」は昔時田舎で何か変わった事でもあるとそれを普く知らす為めに吹き鳴らした法螺の貝を指したのであろう。〇「せき」は川の堰で、水を防ぎ止める為めの設け。〇「くえなむか」は「破れるであろうか」。

【大意】人里離れた山中の草庵の夜、独り静かに心を澄ましていると、烈しく降りしきる雨の音の底にどこか遠くで頻りに法螺貝を吹き鳴らす音が聞こえる、この雨にどこかの川の堰が破れるのではなかろうか。

【評言】これも前の歌と同じく農人の身の上を思いやった歌であるが、この歌には更に環境の感じがよく現わされている。豪雨の夜の物凄さを歌っただけの歌として見ても印象が深い。上句で一旦切れて、下句で新たに主観を喚び起こして来た点なども注意に値する。

7月24日(金)

よく晴れて、暑い。

水たまりにぽっんぽっつんと小粒の雨、雨の輪つくり楽しげなりき

長細い水の溜りに雨の輪の小さく大きく小雨ふるなり

雨の輪のつぐつぎに浮び切れ目なくしてぽつりぽっつり

    *

『孟子』尽心章句上200 孟子曰く、「孔子、に登りて魯を小とし、に登りて天下を小とす。故に海をし者には、水を為し難く、聖人の門に遊びし者には、をし難し。水を観るに術有り、必ず其のを観る。有り、必ず照らす。の物為るや、に盈たざれば行かず。君子の道に志すや、章を成さざれば達せず」

君子の道は一段一段積み重ね目的に達する水の如くに

    *

相馬御風編注『良寛和尚歌集』

足引の山田のをぢが日めもすにいゆきかへら水はこぶ見ゆ

【語義】「足引の」は「山」の枕詞。「をぢ」は「翁」。「日めもすに」は「日ねもすに」と同じく「終日」の意。「いゆき」の「い」は意味のない発語。「かへらひ」は「かへり」で、「いゆきかへらむ」の意。

【大意】夏の日照り続きで山田の水が涸れてしまったので、せつなさのあまり田守りの爺さんがこの炎天にしかもあの足場の悪い山路を朝から晩までせっせと水を運んで居るのが見える。

【評言】これは一見写生の歌のようであるが、しかしそうした光景を眺めている作者の同情がおのずから一首のうちに漲っている。徒らに感傷的な表現をしなかったところに、却って複雑な心のはたらきが味われるのである。