9月13日(日)

曇り、やがて晴れるらしい。

印を結ぶ大日如来坐像、宇宙の中心なり。平安なる顔

愛染明王坐像の第二手はに弓取り天を射たまふ

のつるぎにからむ龍のかたち怖ろしきもの三毒を破る

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『孟子』尽心章句下251  斉に仕ふ。孟子曰く、「死なん、盆成括は」と。盆成括殺さる。門人問うて曰く、「夫子は何を以て其の将に殺されんとするを知るか」と。曰く、「其の人とりや、少しく才有り。未だ君子の大道を聞かざるなり。則ち以て其のを殺すに足るのみ」と。

孟子いふ盆成括は死ぬものとその人と為りは小才なれば

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相馬御風編注『良寛和尚歌集』

手ををりて昔の友をかぞふればなきはおほくぞなりにけるかな

【語義】「手ををりて」は「指を折りて」の意。〇「昔の友」の「昔」は年久しき以前。

【評言】平明この上もない歌であるが、「なきはおほくぞなりにけるかな」は余情のつきない表現である。

指折りて少なき友をかぞふればほとんどが死す寂しきものよ(これオレ)

9月12日(土)

雨、曇り。

宮中から出ることになりしの、・なり

内陣東壁に胎蔵界曼陀羅、西壁に金剛界曼荼羅掛けてぞ祈る

の直刀をもてわが邪悪なるものを退け煩悩砕く

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『孟子』尽心章句下250 孟子曰く、「諸侯の宝はあり。土地・人民・政事なり。を宝とする者は、必ず身に及ぶ」

諸侯の宝は三つ土地・人民・政事なり。珠玉を宝とすれば必ず滅ぶ

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相馬御風編注『良寛和尚歌集』

此のくれのうらがなしさに草枕旅のいほりにはてし君はも

【語義】「此のくれの」は「この夕ぐれの」の意であろう。〇「草枕」は「旅」の枕詞。

【大意】さらでだにこの夕暮の心悲しいのに親しくみとりするうからも居ない旅のやどりで死んだと聞くのは、まあ何たる悲しいことだろう。

【評言】「幼き頃より寝もごろに語らひし人ありけり、田舎を住みわびて吾妻の方へいにけり、此方よりもかなたよりもひさしくおとづれもせでありしに、この頃みまかりぬときゝて」という詞書のある二首中の一首である。平凡な表現であるが真情がこもっている。これが世を棄てて居た良寛の歌だとおもうと一層なつかしみが湧くのである。

9月11日(金)

雨、曇り。

の人身象頭の男女二神抱き合ふなり。淫蕩なりき

図像の腕にからむ蛇体、髑髏の首輪なんとも不気味

・梵天・帝釈天()かくも小さく微細なりけり

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『孟子』尽心章句下249 孟子曰く、「の・の征・の征有り。君子は其のを用ひて、其の二をくす。其の二を用ふれば、民に有り。其の三を用ふれば、父子離る」

税の取り方に注意すべき布縷の税・穀物の税・勤労奉仕一つ二は緩くすべし

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相馬御風編注『良寛和尚歌集』

この里のゆきゝの人はさはにあれど君しなければさびしかりけり

【語義】「さは」は「多く」。〇「君し」の「し」は君ぞと特に指して云う天爾波。

【大意】これは「ともがきのみまかりしころ」と詞書のある一首である。この里の路上には往来する人が沢山あるがあの人が居ないのでさびしい。

【評言】誰にでも詠めそうな歌であるが、ここまで生一本に歌える人は少ない。こんなことを云って歌になるだろうかなどというような見えや屈託があっては、とてもこうした純情な歌は出来ない。しかも「この里の」という第一句、「君しなければ」という第四句などには、やはりちゃんと締まりがついている。

9月10日(木)

曇りにはじまり、少し雨。この後どうなるのだろう。

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丸谷才一『今は何時ですか?』、標題作を含め短編集。遺作になる「茶色い戦争ありました」も収められて丸谷らしい理知の効いた小説ばかりだが、田舎じみた抒情小説を愛するものとしては、作品に没入できなかった。いや、それこそ狙いなのかもしれない。

後宇多天皇晩年のに手形あり。朱の色をしてなまめかしきよ

香川・願興寺に収めらるる聖観音坐像よ。よき表情なり

醍醐寺の閻魔大王・錫杖の頭頂部位にふくよかなる顔

    *

『孟子』尽心章句下248 孟子曰く、「を逃るれば必ずに帰し、楊を逃るれば必ずに帰す。帰すればに之を受けんのみ。今の楊・墨とずる者は、を追ふが如し。既に其のに入れば、又従つて之をぐ」

墨・楊の学派、その後はわが儒なりそのまますなほに従へばよし

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相馬御風編注『良寛和尚歌集』

雪のふるを見て主人にかはりて

しらゆきは千重に降りしけわがかどにすぎにし子らが来るといはなくに

【語義】「千重に」は「幾重も幾重も深く」というほどの意。〇「降りしけ」は「降り敷けど」の略。〇「過ぎにし」は「逝きにし」。〇「いはなくに」の「なくに」は「ぬに」の意のそれでなくして、「まくに」と同義のそれである。こうした言い方は「万葉集」など沢山ある。例えば

草枕旅のやどりに誰が嬬か国忘れたる家待なくに(巻三)

をつくばのしげき木の間ゆ立鳥のめゆかなをみむさねざらなくに(巻十四)

おもはずもまことありえむやさぬる夜の夢にも妹が見えざらなくに(巻十五)

庭にふる雪は千重しくしかのみにおもひて君をあが待たなくに(巻十七)

の如きであっていずれも「なくに」は「まくに」と解すべきである。

【大意】白雪はどんなに深く一面に降り積もったとて家の門口に死んだ子どもたちが来るといおうものを。

【評言】この歌は前に引用した「万葉集」の「庭にふる雪は千重しく……」から多少の暗示を得ていることは明らかであるが、しかもそれは全く独立して胸にしみ入るような真情を歌っているのは驚嘆に値する。雪のふるのを見て一人ならずも愛児を失ったその家の主人の心を察して詠んだ歌として見ると、一層深く作者その人の感情の温かさとこまやかさとに動かされる。死んだと知りつつも折にふれ時によりて門口に今もわが子は帰って来はせぬかと果敢ない待たれ心になるのは、愛児を失った人の誰しも切に経験するところである。そうした親心のせつなさを世俗人の良寛がかくも適切に察しかつ抒べ得て居るとは、全く驚くべきことである。表現の技巧から云ってもこの歌はいかにもよく万葉の精神に到入して、しかもそれに囚えられず自己のものとして活かしている。亡き愛児の来はせぬかと待つ親心と、白雪のふりしきる景色とがよく調和して、そこに一種神秘の感をさえ漂わせているのもゆかしい。

9月9日(水)

朝から雨だったり曇ったり、されど暑い。

弘法大師坐像の慈眼に対するはわれなりと思ふに観覧者多き

前面より右へ背面、左へと周りて空海像を見尽くさむとす

観衆に心細げにくも許されざりき空海の像

弘法大師二十五箇条の文字たしかなり安和二年の奥書

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『孟子』尽心章句下247 問うて曰く、「は何人ぞや」と。孟子曰く、「善人なり、信人なり」と。「何をか善と謂ひ、何をか信と謂ふ」と。曰く、「欲す可きを之れ善と謂ひ、を己に有する之を信と謂ひ、充実せるを之れ美と謂ひ、充実して有るを之れ大と謂ひ、大にして之を化するを之れ聖と謂ひ、聖にして之をを知る可からざるを之れと謂ふ。楽正子は二の中、四の下なり」と。

楽正子は善と信の二者の中にはあるが他の四者の下にありその域には達せず

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相馬御風編注『良寛和尚歌集』

老人のなげかすをききて

日ぐらしの鳴く夕方はわかれにし子のことのみぞおもひいでぬる

老い人は心よわきものぞみこゝろをなぐさめたまへ朝な夕なに

【評言】これも哀傷歌であって、やはり愛児を失った老父へ贈ったものである。「日ぐらしの鳴く夕方は」の二句は哀傷歌としていかにもふさわしいしみじみした表現である。第二の歌は「老い人は心よわきものぞ」の二句は温情が溢れている。第二句の字あまりの調子もよく落着いている。第三句から下句へつづいて行っている調子にもしみじみとした心もちがこめられている。

9月8日(火)

雨、曇り、晴れ……このまま雨が降らないといい。

國分巧一朗『天皇への敗北』了。知的な興奮があった。樋口陽一の発言「民主主義とは、民衆が権力を作る政治体制のこと。立憲主義とは、いかなる権力も制限される原理のこと」などいろいろ刺激を受けることがあった。

格別に夏の暑き日。まだ早く上野の山には喫茶店少なし

犬をつれた淑女がつどふ外の席、犬も淑女もミストに濡れて

上野公園のスターバックスにカフェ・ラテを喫する椅子に冷風届く

    *

『孟子』尽心章句下246 孟子曰く、「口のはひに於けるや、目の色に於けるや、耳の声に於けるや、鼻のに於けるや、のに於けるや、なり。命有り、君子は性と謂はざるなり。のに於けるや、のに於けるや、のに於けるや、のに於けるや、聖人の天道に於けるや、なり。性有り、君子は命と謂はざるなり」

君子は命なりとあきらめずひたすら努力するのみなり

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相馬御風編注『良寛和尚歌集』

子どものみまかりたる親の心にかはりて

梓弓春を春ともおもほえず過ぎにし子らが事をおもへば

の春をりて見せつる梅の花今は手向けとなりにけるかも

人の子の遊ぶを見ればながるゝ涙とヾめかねつも

から衣たちてもゐてもぞなきあまのかるもの思ひみだれて

【語義】「梓弓」は「春」の枕詞。〇「おもほえず」は「おぼえず」、「気がしない」。〇「過ぎにし」は「ゆきにし」「うせにし」。〇「手向け」は神仏の前に供物すること。〇「行潦」は俄雨などで地面に水が溜まって池ののようになるをいい、「流れ」の枕詞。〇「かねつも」の「も」は感嘆詞。〇「から衣」は「たちて」の枕詞。「術ぞなき」は「何ともしようがない」。〇「あまのかるも」は「海士の苅藻」で「乱れて」の枕詞。

【評言】四首とも哀傷歌である。ここと云って取り立てていうほどのすぐれた点はないが屈託なしに歌ってしかも真情のよく現れているなつかしい歌である。

9月7日(月)

当然ながら雨、少し止む時もあるが、おおむね雨。

いちじくや女のをねぶるなり

いちじくのの断面はならむ

淫らなる果実の割れ目なり

    *

『孟子』尽心章句下245 う。曰く、「皆へらく、将にびをくことをさんとすと。殆ど復びす可からざるか」と。孟子曰く、「是れをすなり。にといふ者有り。く虎をつ。にと為る。即ち野に之く。衆、虎をふ有り。虎、をふ。之に敢てるものし。馮婦を望見し、りて之を迎ふ。馮婦をげて車を下る。衆皆之を悦びしも、其の士る者は之を笑へり」と。

馮婦は駄目だ。いつでも柳の下に泥鰌はいないといふことを知らず

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相馬御風編注『良寛和尚歌集』

住むところ求めにとて嵯峨へ行く人によみてつかはしける

ことさらに深くな入りそ嵯峨の山たづねていなむ道の知れぬに

【語義】「ことさらに」は「わざと」「わざわざ」。〇「な入りそ」は「入るな」。

【評言】この歌は良寛帰国後の作であるか、行脚中京都あたりにでも居た頃の作か明白でないが、おそらく後者に属するものであろう。そうすれば良寛としては数少い初期の作の一つである。歌はただ有のままの情を歌った極めて平明な作であるが、「ことさらに深くな入そ」の二句には味うことらの心からか、何となく心の辿りについての深い意味もこめられているような気がする。強いて、求める安心、殊更に得ようとする悟り――そう云った心の迷いに対する諷刺も感じられないでない。