晴れ、晴れ、晴れだ。暑い。
公園は雨に砂地が濡れてゐる入りがたくしてしばしたたずむ
枯れ落葉沈透き大きな水たまり越さむとすればからだ傾く
水たまりに曇りの空が映りをり暗き空なりされど映す
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『孟子』尽心章句上197 孟子曰く、「は、君子之を欲するも、楽しむ所は存せず。天下にして立ち、四海の民を定むるは、君子之を楽しむも、性とする所は、存せず。君子の性とする所は、大いに行はると雖も加わらず、すと雖も損せず。定まるが故なり。君子の性とする所は、仁義礼智、心に根ざす。其の色に生ずるや、としてにれ、背にれ、四体にき、四体言はずしてる」
君子の本性は仁義礼智。潤いある顔、背後にあふれ、手足にもそして分かる
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相馬御風編注『良寛和尚歌集』
うき雲の身にしありせば郭公しば鳴く頃はいづこに待たむ
【語義】「うき雲の身」は浮雲のように定めない身の意で、そのうちには人間の運命の定めなさも漂泊の身のあてどなさも含まれている。「しば鳴く」は「しばしば鳴く」。
【大意】この歌は良寛が最愛の弟子であった貞心という尼と遇った折りに貞心尼が「いざさらばさきくてませよほとゝぎすしば鳴く頃は又も来て見む」といったのに答えたので「お前さんはそう云いなさるがこうした浮雲のような身の上である以上、しきりに時鳥の鳴く頃にはどこでお前さんを待とうやら覚束ないものじゃ」というような意味の歌である。
【評言】一見人生の無常を悟りぬいた人の心を歌ったようであるが、しかしよく味うと決してそうした冷たい歌ではない。一面に定めない人間の運命を達観しながらも、他面やるせない人間愛慕の情がこめられている。「そんなことを云ったって明日の事なんかあてになるもんか」というように吐き出す如く詠んだ歌では決してない。