晴れ。気温も上昇するらしい。
大きなる蟹が竜宮の女房を胸に抱きしめて頓生菩提
糸塚の青苔に汚れし羽織りをばお米に着せかけてやる色も欲もなく
嘴太鴉も嘴細鴉も夕べ暗くなれば千ヶ淵の森へ帰りぬ
『孟子』離婁章句上70-2 民の仁に帰するや、猶ほ水の下きに就き、獣の壙に走るがごときなり。故に淵の為に魚を敺る者は、獺なり。叢の為に爵を敺る者は、鸇なり。湯・武の為に民を驅る者は桀と紂となり。今、天下の君、仁を好む者有れば、則ち諸侯皆之が為に敺らん。王たること無からんと欲すと雖も、得可からざるのみ。今の王たらんと欲する者は、猶ほ七年の病に三年の艾を求むるがごときなり。苟も畜へざるを為さば、終身得ず。苟も仁に志さずんば、終身憂辱して、以て死亡に陥らん。詩に云ふ、『其れ何ぞ能く淑からん。載ち胥及に溺る』と。此の謂なり。
今の行ひだうしてよいと言へやうか相ともどもに溺れんとする
川本千栄『土屋文明の百首』
朝々に霜にうたるる水芥子となりの兎と土屋とが食ふ 『山下水』
<毎朝霜にうたれる水芥子を、となりの家の兎と土屋家の者が食う。>
敗戦後の歌。水芥子はクレソンのことで、葶藶の名でも文明短歌によく登場する。泉に自生し、村では兎などの餌にしていたようだ。文明と家族は、付け合わせとして少量食べるのではなく、野菜の一つとして兎のようにもりもり食べていた。隣は兎の餌でもうちは食べますよ、とでも言いたげだ。食べるに厳しい生活でありながら、それを楽しむ余裕さえ感じさせる。兎と文明が一首の中で並んで見えて、ユーモラスな印象だ。
この谷や幾代の飢に痩せ痩せて道に小さなる嫗行かしむ 『山下水』
<ああ、この谷は。何代もの飢えに痩せてしまい、道に小柄な老いた女性を歩かせている。>
谷の道を老いた女性が歩いていることを、谷が道に女性を歩かせている、と表現している。谷に沿って棚田が作られており、女性も農作業の往き来のために歩いているのだろう。山間の田は耕作面積が狭く、天候に恵まれないとたちまち飢えに苦しめられたか。土地も人も痩せている。これは文明の疎開した吾妻川渓谷だけでなく、同時代の同様の地形のどこででも起こっていたことなのだ。