曇り。やがて雨。
金沢の海に沈める夕べの日まばゆきものがたちまち消ゆる
日の暮れを写さむとする妻のうしろ息おなじうす息吐くときも
海上に本日最後の太陽の沈むを写す携帯電話に
『孟子』万章章句下138-2 繆公、亟々子思を見る。曰く、『古、千乗の国、以て士を友とすること、如何』と。子思悦ばずして曰く、『古の人言へること有り。曰く、<之に事ふと云はんか>と。豈之を友とすと云ふと曰はんや』と。子思の悦ばざるは、豈曰はずや、『位を以てすれば、則ち子は君なり。我は臣なり。何ぞ敢て君と友たらん。徳を以てすれば、則ち子は我に事ふる者なり。奚ぞ以て我と友たる可けんや』と。千乗の君、之と友たらんことを求むるも、得可からざるなり。而るを況や召す可けんや。
賢者は千乗の国君が友人になろうとしてもなれはすまい 子思
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『梁塵秘抄』植木朝子編訳
わが子は十余になりぬらん 巫してこそ歩くなれ 田子の浦に潮ふむと いかに海人集ふらん 正しとて 問ひみ問はずみなぶるらん いとほしや(四句神歌・雑・三六四)
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わが子は二十になりぬらん 博打してこそ歩くなれ 国々の博堂に さすがに子なれば憎かなし 負かいたまふな 王子の住吉西宮 (四句神歌・雑・三六五)
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媼の子どもの有様は、冠者は博打の打ち負けや 勝つ世なし 禅師はまだきに夜行好むめり 姫が心のしどけなければいとわびし (四句神歌・雑・三六六)
【現代語訳】わが子はもう十余歳になったことだろう。巫女をして歩いていると聞く。 田子の浦の辺りをさすらっているとか。どんなにか多くの漁師が集まってくることだろう。占いが当たっているよと言って、あれこれ口を出してはなぶりものにしているだろう。かわいそうに。
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わが子はもう二十歳になったことだろう。博打をして歩いていると聞く。諸国の博打場を渡り歩いているとか。やくざ者でもやはりわが子だから、憎くはない。どうかわが子を勝負に負けないようにしてやってください。王子の宮、住吉、西宮の神々よ。
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ばばの子どもたちの有様といったら、冠者は博打で負け通しでね、勝つ時なんかありゃしない。禅師はほんの子どもなのに、夜遊び好きのようなのさ。姫の気持ちはだらしがないから、まったくもってつらいことよ。
【評】子を思う痛切な親心を歌った三首。連続して置かれている。前の二首は、何らかの理由で生き別れになった、漂泊するわが子の噂を聞いて、その境遇を思いやっているもの。
三六四歌の「巫」は特定の神社に属する巫女ではなく、歩き巫女と呼ばれた、諸国を巡り歩く下級の巫女を指していると考えられる。彼女らは春をひさぐこともあったため、男たちの好色な目から逃れることは難しかった。占いを口実にからかわれ、なぶられる幼い娘の様子は具体的で、歌の主体として想定される母親自身がかつてそのような経験をしたのではないかと想像されるほどである。田子の浦は静岡県富士市の海岸で有名な歌枕。百人一首にも「田子の浦にうち出でてみれば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ」(田子の浦に出て眺めると、真っ白な富士の高嶺に雪は降りしきっていることだ)の一首がある。風光明媚な場所であればあるほど、美しい風景の中で辛酸をなめる娘のあわれさが際立ち、「いとほしや」(かわいそうに)の呻きが痛々しい。
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三六五番歌に歌われる「子」は、博打うちになって流浪しているらしい。「博堂」は、原本「かくたう」で、これまで「博党」の字を当てて、博打仲間と解されてきたが、他に用例がない。「博堂」は博打の行われる場所の意で、『今昔物語集』巻一三-一〇話や鎌倉時代の歌謡・早歌の一曲「双六」の中に例が見えるので、博打場の意にとった。博打場から博打場へ渡り歩くわが子の落魄を嘆きながら、それでも、勝負運を祈らずにはいられない親心があわれである。祈りの対象としての神々が具体的にあげられているところに、親の思いの切実さが表れていよう。「王子の住吉西宮」の「の」は調子を整えるために添えたもので、熊野の若王子社、住吉大社(大阪市住吉区)、西宮神宮(兵庫県西宮区)の三社をあげたものと考えられる。「住吉西宮」は、「関より西なる軍神」を列挙した『梁塵秘抄』今様(二四九)の中にも結句に並んで置かれている。戦に勝つことを祈る「軍神」としての「住吉西宮」を、博打の勝利を祈る対象として選んだ親の心情は、冷めた目で見れば大げさで滑稽であるが、それだけに切なく胸を打つ。
三六六番歌は、年老いた母親が、手元にいる子どもたちの無軌道な生活ぶりを嘆いた一首。「嫗」は「翁」の対で、老女のことだが、当該今様では自称として用いている。「冠者」はもともと、元服をして冠を着けた少年の意だが、ここでは老女の長男を指すのであろう。「禅師」は僧侶の称であり、僧体の次男のことか。「まだし」はその時期に達しない、という意味で、まだ幼いのに夜歩きばかりしている、と母の嘆きが強調される。「姫」は本来、貴人の娘をいうが、ここでは末娘を指すと見られる。「しどけなし」は、だらしがない、の意で、ここでは男性関係の乱れを言うのであろう。三人が三人とも勝手気ままに過ごしており、そばにいながら母はどうすることもできない。「いとわびし」とため息をつくばかりである。
『後撰和歌集』に収められた藤原兼輔の和歌「人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道にまどひぬるかな」(親の心は闇ではないのに、子を思う道には、理性を失って迷ってしまうことだよ)は、『源氏物語』にもしばしば引かれて著名であるが、これらの今様は、親の「まどひ」を切実な感情語と共に具体的に描き出している。