曇りです。
金沢 二
北陸新幹線
金沢へはトンネルばかり。白馬・立山連山まだ雪の山
姫川の下流域通過するをたしかめて糸魚川あたり海原を見き
一日目も二日目も春の暖かさ染井吉野は満開の花
『孟子』万章章句下137-3 曰く、「敢て問ふ、国君 君子を養はんと欲せば、如何にせば斯ち養ふと謂ふ可き」と。曰く、「君命を以て之を将ひ、再拝稽首して受く。その後は廩人粟を継ぎ、包人肉を継ぐ。君命を以て之を将はず。子思以為へらく、『鼎肉己をして僕僕爾として亟々拝せしむ。君子を養ふの道に非ざるなり』と。堯の舜に於けるや、其の子九男をして之に事へ、二女をして焉に女し、百官・牛羊・倉廩備へ、以て舜を畎畝の中に養はしむ。後、挙げて諸を上位に加ふ。故に曰く、『王公の賢を尊ぶ者なり』と」
王公たる者の賢者を尊ぶ道なるは見極めをして賢者を選ぶ
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『梁塵秘抄』植木朝子編訳
王子の御前の笹草は 駒は食めどもなほ茂し 主は来ねども夜殿には 床の間ぞなき若ければ (四句神歌・雑・三六二)
【現代語訳】王子の社前の笹草は馬が食むけれどまだまだ茂っている。あの人は来な いけれど寝所では、床の空く間もないことよ、私が若いゆえに。
【評】巫女の奔放な夜の生活を歌った一首。
「王子」は、諸注、熊野の若一王子社と見る。「王子」という神の「若さ」が、巫女の若さとも響きあって巧みである。「笹草」はイネ科の植物。葉は竹に似て、漢方では利尿薬とする。承徳三年(一〇九九)に書写された『承徳本古謡集』所収の風俗歌(地方の歌謡)に「信濃笹草や 馬に飼ふなや や はれ 駒に飼うなや」と見え、馬の飼料となったことがわかるが、ここでは笹草を食べさせるな、と禁止している。当該今様では、笹草の繁茂する様子を、共寝する相手が常にいる様子と重ね合わせた。
『古今和歌集』雑上には、
大荒木の森の下草老いぬれば駒もすさめず刈る人もなし (よみ人知らず)
(大荒木の森の下に生える草が老いさればえてしまったので、馬も好まず、刈る人もない)
という一首が見える。この老いを嘆く和歌は、『蜻蛉日記』(天延二年<九七四>四月、同一〇月)や『源氏物語』(紅葉賀、蛍)に引用され、下草が女に、駒が男に譬えられて、もっぱら性的な比喩として取り入れられた。「駒もすさめぬ草」といえば男に顧みられない女を、「駒なつく森」といえば頻繁に男が通っていく女を表すことになる。こうした性的比喩表現の流れの中で、当該今様はさらに、「床の間ぞなき若ければ」と、直接的な表現で若さを謳歌していると言えよう。しかし、一方では、「主」が来ない現実があり、やがて迫る老いへの恐れもある。『古今和歌集』の和歌を当該今様の源泉とするならば、この今様の歌い手も聞き手も、今の若さに対置される老いを意識せざるを得ない。当該今様を、女の精一杯の強がり、あるいは「主」へのあてこすりと見れば、どことなく哀感も漂うだろう。