10月2日(金)

朝は晴れていたが、曇り、そして雨。

木犀の匂ふ頃には友一人死ににけりもっとも親しき友が

蘇我のホールに通夜・葬式をする時は今泉重子未だ生きてゐし

友の死より半年しての自裁なりその死にはただ涙するのみ

    *

日夏耿之介『唐山感情集』

いろじろ女だ

月かげのほのかに

いろじろ女のうす化粧てないもんだね、

わかれがつらいといつも雨を帯びてるし

べにおしろいもずに宮中へおしかける、

で男ごころをつかむ手合さ。

梨 素女也

溶々の月

素女素と粧妍、

為に離愁を訴え常に雨に帯ぶ、

脂粉を施さずまた朝天、

本色人の憐を動かす。

    *

相馬御風編注『良寛和尚歌集』

の森のに我れ居ればゆらぐもよ人来たるらし

【語義】「乙宮」は越後国上山の麓の国上村にある乙子神社を指す。良寛は六十一歳の時老衰の結果薪水の労に堪えなくなった為に山上の五合庵からこの乙子神社境内の庵に移ったとの事である。〇「鐸」は大きな鈴で、他の地方ではどうだか知らぬが、越後では神社の拝殿の入口の上に大きな鈴を吊し参拝者は先ずその鈴を揺り鳴らすことになっている。この場合もそれを指したのであろう。〇「ゆらぐもよ」の「も」も「よ」も感嘆詞。

【評言】良寛が五合庵から乙子神社境内に移ったのは一つは薪水の労に堪えなくなったからでもあろうが、一つは身に老衰を感ずることが切実になるにつれて、人なつかしさの情の募ったからでもあったろう。「乙宮の森のしたやの静けさにしばしとてわが杖うつしけり」などという歌もあるが、やはり人なつかしさの情に動かされずにはいられなかったのであろう。そう思ってこの歌を味って見ると「人来たるらし」の結句が一層強く響くのを感ずる。なおこの歌が

浅茅原小曽根を過ぎもも伝ふ鐸ゆらぐもよ置目来らしも (紀)

という古歌の影響を受けていると見た斎藤茂吉氏の説にも私は賛成する。

10月1日(木)

今日は晴れていたが、横浜駅の人の多さにたまげたのだ。

トイレの扉、便器の蓋、ズボンを下げてパンツ脱ぎ、尻を降して便器に座る

いちいちに音たてて音するトイレなり西洋便器があたりまえなり

いまもなほ和風便器のトイレあるとうにわたしには小便も出来ず

    *

日夏耿之介『唐山感情集』

やしよだ

争春舘さんェ

よしや女がそこでひどく又繁昌だねェ、

十里ちりはとぶ盤馬のみちか、

満頭香はむらがる閙妝のはなか、

あたしんちはよ。

杏 艶女也

争春舘、

艶女儘く繁華

十里塵は飛ぶ盤馬の路

満頭香は簇る閙妝の花

深巷は是儂が家。

    *

相馬御風編注『良寛和尚歌集』

なよ竹のはしたなる身はなほざりにいざくらさまし一と日一と日と

【語義】「なよ竹の」は「はした」にかけた枕詞と見るべきであろう。〇「はした」には「中途半端」というような意味もあり、「余計」とか「零余」とかいうよいな意味もあるが、ここではその後の意味則ち「余計もの」「つまらないもの」に使われているらしい。〇「なほざりに」は「世の常として」「深く心をとめずに」などの意味がある。

【大意】わしのようなつまらない者はまあそう大して気をもまずに平凡にその日その日を暮すことにしようよ。

【評言】これは決して自棄的な心持から出た歎声ではない。むしろつつましやかな静かな心の表現である。それは一首の調子でよく感じられる。一種の調子にはほそぼそとしたしめやかさと共に、静かなおちつきがある。「いざくらさまし」の句も「いざ」というような詞を使っていながら、全体の上に響いている響き方はやわらかである。放言といったような気分は寸毫もなくして、一首全体がしめやかさで潤うている。といってまた決して泣言めいているところなど少しもない。

9月30日(水)

朝、まだ雨だ。曇りになるらしいが。

午後三時、卓に座りて茶を喫すしばしは頭の中は茫漠

人間の情念はいつもいつの世もテロルを欲す七十になれど

テロルを欲するは駄目なのかさうしかできぬ時もあるべし

    *

日夏耿之介『唐山感情集』

はすはをんなさ

うらみをながして

はすは女が啼きをほころばせるやつさ、

一すぢの香は匂うて紫色の巷にただよひ

笑を千金に買はれてに入る、

あゝ不仕合せな雨中のだよ。

桃 蕩女也

能く鎖恨

蕩女、啼痕破る、

一路香を生じて紫陌に飄い

千金に笑を買われて朱門に入る。

薄明なり雨中の魂。

    *

相馬御風編注『良寛和尚歌集』

人のもとより文おこせたりけり、此の頃は事繁し、事果てなば行きてあひ見んと、其後は音もせざりけり、一と日二た日こそ事しげからめ、いつかなぬかこそ事しげからめ、此の人とはに事しげき人や

事しあれば事しありとて君は来ず事なきときはおとづれもなし

【評言】平明この上もない歌である。しかも、よくも歌い得たるものかなというような感嘆の声を禁じ得ない歌である。幾度よんで見ても微笑の抑えがたきものがある。切なる人間愛慕の情があらわれているというよりも、ある種の人間に対する鋭い風刺感じられるからである。幾分ユーモラスな気持で歌っていながらも、やはりその人に対するなつかしさが掩うべくもなく現れている。その情があればこそ一首が聊かも冷やかさをも感じさせない。冷やかに人間を嘲るといったようなところは良寛には露ほどもなかったらしい。この種の歌はともすると冷嘲に陥り、意地わるい風刺に流れ易いものであるが、この歌にはそんなところは微塵もない。相手は何人であったか知れぬが、おそらくこの歌をおくられてもそう悪い気持はしなかったであろう。

9月29日(火)

朝方やんでいたが、以後一日雨だ。

しかしかしかしておとろへて命終あるか惚けてわからず

惚けてわからねばよきものをどこかにたしかなるものやありけむ

わからずに来るものならばまあいいとおもふもののさうはいかず

    *

日夏耿之介『唐山感情集』

をんな仙人ぢゃ

孤山はつめたくして

をんな仙人のこゝろはのどやかぢや、

の名花はしばし中界の地にもあそび

蕊珠は美花はと上清の天にひした、

かげは水やそらなるあたりに落ちてんけり。

梅 仙女也

孤山冷かにして

仙女意飄然たり。

萼縁暫く遊ぶ中界也

蕊珠原と住む上静の天

影は水雲の辺りに落つ。

    *

相馬御風編注『良寛和尚歌集』

かしましとおもてぶせいはいひしかどこのごろ見ねば恋しかりけり

【語義】「かしましと」は「やかましいと」「うるさいと」。〇「おもてぶせ」は「おもぶせ」同じく即ち「面伏」で「はずかしそうに」の意。

【大意】うるさいと恥しそうに云ったけれどこの頃遇わないでいると恋しく思われる。

【評言】この歌は「およしさにおくる」と詞書のあるものもある。「およしさ」の何物であるかはよくわからぬが、ある人の説にそれは良寛がしげく出入していた与板町山田家の女中であると云ったものもある。兎に角親しい間柄の女性であったにちがいない。この歌にはいうまでもなく一寸とした戯れ心が交じっている。またこの歌は「万葉集」巻三にある

否といへど強ふる志斐のが強ひがたり此ごろ聞かずてわれ恋ひにけり

から影響を受けている事も明らかである。

9月28日(月)

朝、ちょっと雨は上がっていたが、雨・雨・雨だ。

相模川も泥土の色にあふれるか上つ瀬に雨大量に降る

中津川も小鮎川も泥水のやうなる川の流れなるかな

小鮎川はよく氾濫を起こせしもの松枝町あたりより水あふれけり

    *

日夏耿之介『唐山感情集』

蓮 しとやかなです

そのかげたをやか、

しとやかなはなんかだね、

きれいでゆかしいから君子人ににもつてこい、

しめやかできれいだからの組にははひらん、

の池にれ月かげきよかりだ。

蓮 淑女也

亭亭たる影

淑女逢迎少なり。

窈窕自らよろしく君子の配たるべし

幽嫺麗人の行に入らず

太液月華きよし。

    *

相馬御風編注『良寛和尚歌集』

久方の雨もふらなむ足引の山田の苗のかくるゝまでに

久方の雲のはたてをうち見つゝ昨日も今日もくらしつるかも

【語義】「久方の」は「雨」及び「雲」にかかる枕詞。〇「ふらなむ」は「降ってくれればいいなあ」。〇「雲のはたて」は「空のはて」。

【大意】前の歌は「山田の稲の苗のかくれるほど雨が降ってくれればいいなあ」。後の歌は「雨のほしさにわしは昨日も今日も空の涯を熱心に見ながら暮したわい」。

【評言】一種の雨乞歌である。「山田の苗のかくるゝまでに」には力が籠っている。そしてそのうちには単に自分一個の為めばかりでなく農人たちの為をおもう温かな同情もこもっているのである。後の歌は幾日も幾日も打続いた旱天の悩ましさと、雨を待つ心の焦立たしさとが一緒になって、ある一種の一般的な情緒をさえも象徴しているが如き感じを与える。二首とも言葉と調子とがピタリと一つになっている点がわけて心を惹く。

あしびきの山田のをぢがひめもすにいゆきかへらひ水運ぶ見ゆ

我さへも心もとなし小山田の山田の苗のしおるる見れば

我が心雲の上まで通ひなばいたらせたまへ天つ神ろぎ

などの歌も前の二首と関聯させて味うべきものである。なお以上とは反対に雨をわびた歌に次の如きがある。

久方の雲ふきはらへ天つ風うきよの民の心かよはば

手もたゆく植うる山田のをとめ子がうたふ唄さへやゝあはれなり

いずれにも真実の情がこもっている。決して歌わんが為めに歌ったというところがない。身は世外に住みながら、心は常に浮世の胸へとかよっていたのである。

9月27日(日)

朝方は降っていたようだが、曇りが続く。

桜の木より紅葉黄葉する葉々の散り落ちてゆくこの世の果てに

この世の果てを思ひたり。木々の散らせる虫食い落ち葉に

雨降れば散り落葉が濡れて滑りやすき少しづつ少しづつ歩かんとする

    *

日夏耿之介『唐山感情』

すぐれたです

波をしのいであゆむ、

すぐれた女がりをする、

月はく湘江にをすてて去んだ、

風は清く洛水にをもてあそび来る、

ちりほこりなんどかないね。

波を凌いで歩む、

雋女、独り徘徊す、

皎月湘江に珮を捐てて去り、

清風洛水に美珠来る、

何くの処にか塵埃を着けむ。

    *

相馬御風編注『良寛和尚歌集』

みづがめのうた

いにしへにありけむ人も持てりてふ大みつうつはわれはもちたり

これのみはうつり行くともとヾめおきてかたりもつがめ後の世までも

今よりは塵をもすゑじ朝な夕なわれ見はやさむいたくなあびそ

【語義】「大みつうつは」の「大御」は敬称で「この貴き器」というほどの意。〇「かたりもつがめ」は「語り伝えもしよう」。〇「塵をもすゑじ」は「ほこりをさえもかぶらせまい」、〇「見はやさむ」は「鑑賞」。〇「いたくなわびそ」は水甕に対して云った言葉。

【評言】これはどこかの家に昔から持ち伝えられでもしたか、それとも土中から発掘されでもしたか、いずれにしても古代人の遺物であったらしい水甕を他から貰いでもして、それを愛玩するあまり歌ったものであろう。三首が一種の連作体になっている。いかにも愛し楽しんでいたらしい心持が、よく現れている。わけて最初の一首の如きはやすやすと歌っているが如くしてしかもよくととのうている。最後の歌にはまた愛らしくてたまらないというような心持が言葉の上にも調子にもいきいきと現れている。

9月26日(土)

朝、小雨がふっていたが、今は曇り。

蟻が歩く道路を歩くに小さき蟻、懸命な蟻を踏まないやうに

降りだせば蟻もあわてて巣に帰る働き蟻の雨除けるところ

巣を造る蟻の動きのせわしければ深きにもぐる働き蟻は

    *

日夏耿之介『唐山感情集』―唐・宋・元・明・清・民国

二十四女花品

小引   清 馮雲 鵬

西でフランスの解人グルモン氏が、むかしの花のリタニイを謳えば、東では、中華の『金石索』の考古詩人馮さんが、このような粋に砕けた花くらべをつくる。古文化の国にはこんな比較の私かなたのしみ事多く、それが単なる比べごとではない。精妙な一道の情趣の論理に繋がれているようにわたくしには解される。

水際立つたです

もとにり

水際立つてにもつたり

びはを占めてをしのばせ、

またあざ名がのこつて蘇娘ともまをす、

なんどのぞまないひとです。

蘭 逸女也

幽谷に生れ、

逸女群芳を圧す。

曾て佳名を占めて楚畹を懐い、

也小字を留め蘇娘と喚ぶ、

花王たるを願わず。

    *

相馬御風編注『良寛和尚歌集』

かきてたべつみさいてたべわりてたべさてその後は口もはなたず

くれなゐの七のたからをもろてもておしいたヾきぬ人のたまもの

【評言】これは新津の桂家から柘榴の実を七個贈られた返礼にとて詠んだ三首中の二首である。多少戯れの気分も交じっていようが、それにしても技巧の自由さは驚くべきものがある。殊に前の歌のごときはどうして食べてよいかわからぬまで喜んでいる様子が目に見えるようにうたわれている。そして後の歌で「おしいたヾきぬ人のたまもの」とはじめて気付いたように感謝の意を形を通して現わしているなどはうまいものである。良寛は実際柘榴の実がたまらなく好きであったらしい。私の蔵している彼の弟由之の歌稿の中にも国上山の庵に良寛を訪ねた折良寛の大好物だからとてわざわざ自分の家の初生りの柘榴を持って行ったが、折あしく和尚が不在であったので歌を添えてそれを近くの人家に託して帰ったというような事が書いてあったりするところから考えると、良寛のこの歌もあながち誇張や戯ればかりでもなさそうである。因みに由之が柘榴にそえて良寛に贈った歌の中の一首をここに録して置くことにする。

ふるさとの初穂の木の実きこしめせよしや黒みて色かはるとも